他の人の苦しみにより己の楽を求める者は苦しみが続く

ダンマパダ 291

他人に苦を与えて
自分の楽を求める者は
恨みが交互に続き
恨みから解放されない


○この詩から学ぶこと

 「他人に苦を与えて自分の楽を求める者」、そんな酷い人はいるのかと思うかもしれません。そういう人は結構多いのです。昔から「他人の不幸は蜜の味」といことも言われています。他人ばかり見るのではなく、自分自身を観察すると、このような思いが現れることがあります。例えば、自分が何か失敗すると、他人が同じように失敗すると安心するのです。失敗したのは自分だけでなくてよかったと思うのです。ですから、「他人に苦を与えて自分の楽を求める者」は他人のことだとしないで、自分はどうかよく点検してみる必要があるのです。

 他人に苦を与えれば、与えられた人は仕返しをします。仕返しされた人は怒りの燃えて、また攻撃するのです。このような状態にいるとは大きな場合は戦争であり、いろいろな場面の諍いであり、心はいらだっておて、不幸です。このように恨み、怒りの連鎖を断ち切らなければなりません。勇気を持ってこの悪の連鎖を断ち切る必要があるのです。

 では、どのようにして、恨み怒りをなくすか。すでに、何度も述べてきましたが、中部経典「第2 一切煩悩経」(片山良一訳)から要点をまとめてみましょう。

 「邪に思惟する者には、未だ生じてない煩悩が生じ、すでに生じていない煩悩が増大します。しかし、比丘たちよ、正しく思惟する者には、未だ生じていない煩悩が生じることはなく、すでに生じている煩悩が断たれます。」と述べられています。ですから、邪思惟を止めて、正思惟をすればいいのです。これを目標にして次の7つの方法が述べられています。

1.見ることによって断たれるべき煩悩
2.防護によって断たれるべき煩悩
3.受用によって断たれるべき煩悩
4.忍耐によって断たれるべき煩悩
5.回避によって断たれるべき煩悩
6.除去によって断たれるべき煩悩
7.修習によって断たれるべき煩悩

 「7.修習によって断たれるべき煩悩」は瞑想修行です。七覚支について述べられています。ヴィパッサナー瞑想で、恨み、怒りの連鎖を断ち切ること、煩悩を断ち切ることが完成するのです。

○前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200809/article_11.html
 恨みに恨み恨みはやまぬ 恨みやめればすぐにやむ

○この詩に関するスマナサーラ長老の法話

 憎しみを生きる力にしないこと ~幸福を目指す人は敵を慈しむ

1.競争・闘争は幸福の道ではありません。
2.自然に起こる感情は怒りです。
3.人生は生まれてから死ぬまで怒り一筋です。
4.仏道は戦わずして勝利に達する方法です。

 パティパダー(2009年8月号)の「今月の巻頭法話」に掲載されています。残念ながら、まだ日本テーラワーダ仏教協会HPにはまだアップされてません。ですから、該当するパティパダーをお持ちでない方のために、スマナサーラ長老がまとめたポイントを列挙しておきました。

○少しでもブッダの肉声に近づくために(カタカナを3回音読して下さい。)

パラドゥックーパダーネーナ
Paradukkhūpadhānena,
他人の 苦 与えることで
アッタノー スカミッチャティ
attano    sukhamicchati;
自己の   楽を 求める
ウェーラサンサッガサンサットー
Verasaṃsaggasaṃsaṭṭho,
恨みが交互に続き
ウェーラー ソー ナ   パリムッチャティ
verā      so   na   parimuccati.
恨みから  彼は ない 自由になる

○他の人の苦しみにより己の楽を求める者は苦しみが続く

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

この記事へのコメント

2009年07月24日 04:58
ワンギーサさん、おはようございます。前半の解説には慢もかなり絡んでいると思いました。昔の同級生の集まりがちょくちょくありますが、計画から話が盛り上がり実行される場合は「今度大手術がある」「離婚してしょげている」「家に引きこもっている」などの人がメインの時で、「東大の教授になった」「事業拡大で億万長者になった」という人の場合はどういうわけか全て計画倒れに終わってます。そのような話題は皆避けようとします。著しい傾向からして、まさに「人の不幸は蜜の味。幸福は毒杯」なのかもしれません。私はひぬくれ者で「人の不幸を蜜」の蜜には群がりません。不幸の蜜に群がる愚か者を遠巻きに見下す愚か者の部類です(イヤミな性格だと思ってます)。さて、「怒り」ですが、やはり何と言っても瞑想するのが一番です。「怒り」が起きずらく、起きても何とかなるからです。瞑想を頑張ります。有難うございました。
あっきん
2009年07月24日 12:25
こんにちわ。
私的、他人から害を受けると自然にムカツイてきて人間ができていません。また心は周りの影響を受けやすいので、気をつけないといけないと思います。なんと言っても善友は、自分の事のように幸せを喜んでくれる。大切にしないとね。慈しみの心があるか、ないかでは大違いと自分に言い聞かせます。
ツヨシ
2009年07月24日 18:04
ヴィパッサナー瞑想してみます。
身の丈修行者
2015年06月01日 16:25
日々生きていく中で色々な目に遭います。
理不尽な目にあっても怒りを持ち・さらにそのエネルギーを増幅してしまうのではなく、怒らないように・煩悩に汚れないように、心が清らかなままでいれる様に精進したいです。

この記事へのトラックバック