冥想で自分の心よく見ると人の知らない楽しみがある(373)

ダンマパダ 第25章 比丘 373

人のいない所に入って
心を静めた比丘が
法を正しく観察すると
人間の知らぬ喜楽がある


〇この詩の蛇足

 多くの人々は瞑想などには興味を持っていません。黙って座っていてどこが面白いのかという問題意識さえ持っていないのが現状でしょう。完全に眼中にないのです。ほんの少数の人が、瞑想とは何だろうと思っているかもしれません。ですから、瞑想を自分でやってみようと思う人々は、さらに少数の中の少数です。また、瞑想を始めても、続ける人はさらに少ないのです。

 ですが、釈尊はそのような人々に、媚(こび)を売って、瞑想をすると「人間の知らぬ喜楽がある」と瞑想の利得を示して、瞑想を進めているのではないのです。釈尊は真実を示しておられるのです。

 「人のいない所に入って」、これは実際に人はいてもいいのです。心の中に人がいなければいいのです。心の中に人がいると自分自身を観察できなくなるからです。瞑想は自分自身と向き合い、自分自身を観察することです。

 法を正しく観察するとは、自分自身の中で法を観察するのです。その時、「人間の知らぬ喜楽がある」とありますが、通常人間は、欲が満たされた時の喜楽しか知らないのです。瞑想の時の喜楽は、それとは異なるものなのです。欲や怒りがない時の、喜楽ですから、人間の知らぬ喜楽と述べられているのです。

 多くの人々が関心を示さない瞑想ですが、釈尊は瞑想を実践して、真の幸福に達成するように教えているのです。


〇前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200811/article_10.html
 冥想で自分の心よく見ると人の知らない楽しみがある

〇この詩のパーリ語原文

373.
スンニャーガーラン パヴィッタッサ
Suññāgāraṃ      paviṭṭhassa,
空き家に        入って
サンタチッタッサ ビックノー
santacittassa    bhikkhuno;
静まった心の   比丘には
アマーヌスィー ラティ  ホーティ
Amānusī      rati    hoti,
非人間の    楽しみ  ある
サンマー ダンマン  ヴィパッサトー
sammā   dhammaṃ  vipassato.
正しい  法を      見て
   
〇冥想で自分の心よく見ると人の知らない楽しみがある(373)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

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この記事へのコメント

2009年09月17日 04:44
ワンギーサさん、おはようございます。「人間の知らぬ喜楽」=「涅槃の境地」なら全くわかりません。というか、瞑想については実にコメントしずらい面があります。普通の喜楽について。瞑想中は色々な現象が生じますが、淡々と確認していきます。しかし実際、厄介な現象もあります。それが「喜悦感」です。まず「五戒」によって生活を律し、同時にお布施や慈悲の瞑想といった「善行為」に励みます。これらは「欲や怒り」から離れる行為です。そして「瞑想」に集中します。感覚の気づきと気づきの隙間をなくすように強く意識をもっていきます。そうやって集中して観察するとある瞬間から「欲や怒り」が機能しなくなることがあります。この時自分なりに「凄い喜悦感」が湧いてきます。問題はそれでもなおかつ冷静に「淡々と確認作業」をできるか?「喜び」に執着してしまわないか?です。無意識的に求めてしまいがちです。明らかに「欲」です。「欲」から離れて新たな「欲」を作る。瞑想は「喜楽を知る」と同時に普段意識しない「欲望」の巨大さをまのあたりにする手段であるように思います。「求めず」やれればいかに素晴らしいことかとつくづく思います。有難うございました。
PUN
2009年09月17日 07:10
おはようございます。7、8月は歩く瞑想を必死でやりました。9月はブログ「イム陀・ブッダ・Buddh@」の記事を通して、この道を多くの方に知らせようと思って、一週間で1000人以上の方に宣伝いたしました。9月も瞑想をさぼらずやろうと、2、3日前に歩く瞑想をすると、30分間の瞑想、最初から最後まで、喜悦感のみがあるという、7、8月にはなかったことがありました。7、8月は本当に、欲と怒りの戦いだったからです。これからも、瞑想をし、まず自分がこの道に対する確信を深めたいです。生きとし生けるものが幸せでありますように。
才木広之
2009年09月17日 12:34
皆さん本当に毎日、生きとし生けるもののために、コメントを書かれ素晴らしい事と思います。私にはけっしってまねできません。これからもがんばってください


生きとし生けるものが幸せでありますように
身の丈修行者
2015年06月19日 12:37
脳内物質のセロトニンが多く出ると幸福感を得たり、アナンダマイドという物質が出ると至福を感じるようです。
これとお釈迦様の教えて下さっている事がリンクしているかどうかは分かりません。
ですがそれは物質の話になるかと思いますので、心とはまた違う印象を感じます。
冥想を実践して参りたいです。

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