みずからを激励点検する比丘は自己守護者であり有念者(379)

ダンマパダ 第25章 比丘 379、380

自分で自分を励ませ
自分で自分を点検せよ
自己守護者であり、有念者である比丘は
幸福に暮らすだろう(379)

自分こそ自分の主人である
自分こそ自分の帰所である
それ故に、商人が駿馬にするように
自分自身を調教せよ(380)


〇この詩の蛇足

 「自灯明・法灯明」という言葉があります。日本テーラワーダ仏教協会の機関紙「パティパダー」の今年の9月号の表紙の裏のページに「智慧の扉」という欄があります。今回のテーマは「自灯明・法灯明」です。この中でスマナサーラ長老は次のように述べています。

 「ブッダの説かれた『 自灯明・法灯明』は、同義語です。仏教では、自分=法です。我々が修行するとき、修行の宿題とは何なのでしょうか。それは生きている自分です。自分とは『生きている』というシステムです。ブッダの法とは、この『生きている』システムの説明のことです。だから、法=自分なのです。執着から苦しみが生まれることはどこで研究するかといえば、『自分』です。同時に『執着から苦しみが生まれる』ということは普遍的な『法』なのです。渇愛でひどい目にあっているのは自分ですから。そいうわけで、自灯明、法灯明は同義語です。」

 以上のように、私たちが問題にするのは、自分自身なのです。自分を励まし、自分を点検することが修行です。自分について研究した修行者は、真理が分かり、自分の守護者になるのです。有念者とは、自分を励まし、点検する修行者ですが、彼は真理が分かり、幸福に暮らせるのです。

 「自灯明・法灯明」とは、また自分が「 自分こそ自分の主人である」ということを述べているのです。自分の研究対象は自分しかないのです。心の研究は、自分の心でしかできません。他人の心は分かりません。心理学という学問がありますが、多くの他人の心を研究して、統計処理をするのです。これは統計処理された心であって本物の心ではありません。

 自分こそが私たちの頼りにする所なのです。ですから、たよりにする自分に「しっかり」してもらわなくては困るのです。馬商人が、馬が高く売れるように、馬を調教します。そのように、自分自身を調教して、「しっかり」した自分に育てるのです。

〇前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200811/article_16.html
 みずからを激励点検する比丘は自己守護者であり有念者

〇この詩のパーリ語原文

379.
アッタナー チョーダワッターナン
Attanā     codayattānaṃ,
自分から   励ませ 自分を
パティマンセーター アッタナー
paṭimaṃsetha      attanā;
検察せよ        自分を
ソー アッタグットー サティマー
So   attagutto     satimā,
彼は 自己守護者  有念者
スカン  ビック   ウィハーヒスィ
sukhaṃ  bhikkhu  vihāhisi.
幸福に  比丘は  生きるだろう   

380.
アッター ヒ  アッタノー ナートー
Attā    hi   attano    nātho,
自分は 実に 自分の   守護者
アッター ヒ  アッタノー ガティ
Attā    hi   attano    gati;
自分は 実に 自分の   帰る所
タスマー  サンヤママッターナン
Tasmā    saṃyamamattānaṃ,
それ故   制御せよ 自分を
アッサン バドゥランワ  ワーニジョー
assaṃ    bhadraṃva  vāṇijo.
馬     賢い ように 商人が

〇みずからを激励点検する比丘は自己守護者であり有念者(379)
〇自分こそ自分の主人自己の帰所 駿馬のように自己を鍛えよ(380)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

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この記事へのコメント

才木広之
2009年09月22日 22:16
他人が、自分の事を分る筈が有りません

自分の事は、自分でしか分かる手段が有りません

自分を知るためには自我を捨てなければ知れません

ちょっと高度かな

生きとし生けるものが幸せでありますように



髙橋優太
2009年09月22日 22:26
ワンギーサ先生、今晩は。
ダンマパダの詩をマジックペンで紙に書いて、部屋に飾りました。頑張って自分を励ましていきます。ありがとうございました。一切の過ちを懺悔いたします。生きとし生けるものが幸せでありますように。
髙橋優太
2009年09月22日 22:27
才木広之さん、今晩は。
2009年09月23日 04:44
ワンギーサさん、おはようございます。こうして読んでみると「他灯明」があり得ないのは素晴らしいことだと思います。自分自身の研究なら、100%正しくできる希望があります。(他人のことは24時間観てはいられません)幸も不幸も「自分の心」次第。厳しくもあり、優しくもあると感じます。しっかりした「心」を育てます。有難うございました。
才木広之
2009年09月23日 16:57
高橋優太様私は兵庫県北部に住む36歳の大工です

いろいろと書いてますが、かなり私どもにとっては、自分のことを機会になっております。ほとんど私が指摘していることは自分に当てはまることばかり。自分が気づかせていただいたのだから、そのことを皆さんにもつたえてるだけ。何でしょうかねー私にもよくわからないんだ。みんな清い心になってほしいことは事実。それを行うのはまず自分からなんだよね

生きとし生けるものが幸せでありますように
才木広之
2009年09月23日 17:02
いま自分の投稿読んだけど意味不明

ほんとに、何なんだろうねー

このままいくときりなさそうだからやめるね

また声かけてください。有難う御座います

生きとし生けるものが幸せでありますように
身の丈修行者
2015年06月25日 07:51
以前心理学を少し本で学んだ時→これは分析して分類している学問?と感じた事があります。そこには、そしてどうするのか?の点で弱い又はない印象を受けました。
本文の「自分こそが私たちの頼りにする所・・たよりにする自分に「しっかり」してもらわなくては困る・・自分自身を調教して、「しっかり」した自分に育てるのです」心に響きます。
しっかりした自分になれるように精進したいです。

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