バラモンは身体言葉と心にも悪をなくして自制するなり(391)

ダンマパダ 第26章 バラモン 391

身体にも言葉にも
心にも悪行がなく
三つのことを制御する彼を
私はバラモンと呼ぶ


〇この詩の蛇足

 世の中は問題が多く、困っている人が多いと思います。ですから、このブログのタイトルは「困った時はダンマパダ」と付けたわけです。私については、「ダンマパダ」の智慧の御陰であまり困っることはなにのです。ダンマパダには全部で423の詩がありますが、その中には、問題解決の智慧が発見できるからです。

 ダンマパダは問題解決の方法を教えているのです。困った時とは、解決できない問題があるのです。しかし、普通は困った困ったと考えこんでしまうだけで解決できないのです。困った時は、心を落ち着けて、問題は何か明らかにすることです。しかし、困っている時は何が問題であるか分かりません。仏教が教える解決方法は分析することです。

 釈尊は、多くの説法のなかで、問題を明らかにして、解決する分析方法を示しておられます。例えば、自分について考える場合は、漠然と自分の問題と考えるのではなく、自分の肉体、自分の感覚、自分の思考、自分の感情、自分の認識と分けて、それぞれについて観察して、自分の問題を洞察するのです。

 今回の詩で言えば、困っている人について、自分の行動について、身体による行動、言葉による行動、心による行動に分析しています。身体による行動について、他人や他の生命を害する行動をしていないかどうか。乱暴な身体による動きをしていないかどうか点検します。また言葉による行動について、嘘をついていないか。乱暴な言葉を使っていないか注意します。

 身体による行為も、言葉による行為も、その根底には心による行為があるのです。心の行為とは、思いや考えです。心に怒りや、他の生命に対する害意があると、それが言葉や身体の行為に現れます。逆に心に慈悲の思いがあれば、それが言葉や身体に現れて優しきなります。

 よく考えれば、困った問題は自分の心と言葉と身体の行為が作り出していますから、その三つの行為を注意して、改善すれば問題は解決するのです。問題はそんなに単純ではないと思われる方は、私にメール下さい。アドレスはトップページにあります。

〇前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200811/article_27.html
 バラモンは身体言葉と心にも悪をなくして自制するなり

〇パーリ語原文

391.
ヤッサ  カーイェーナ ワーチャーヤ
Yassa    kāyena     vācāya,
その人の 身体にも   言葉にも 
マナサー ナッティ ドゥッカタン
manasā   natthi   dukkaṭaṃ;
心にも   ない   悪い行いが
サンウタン ティーヒ ターネーヒ
Saṃvutaṃ  tīhi    ṭhānehi,
自制する  三つの 処で
タマハン ブルーミ バラーフマナン
tamahaṃ  brūmi   brāhmaṇaṃ.
彼を私は 呼ぶ   バラモンと


〇バラモンは身体言葉と心にも悪をなくして自制するなり(391)


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~


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この記事へのコメント

才木広之
2009年10月04日 00:22
そうですね。全てはこころがやっている事ですね。

こころを制御できればまことによい事で、快適な心でいられますね

その事が上手にできないときはスマナサーラ長老は、思考も、行動もストップしなさい、との私の記憶が有ります。あくまで記憶ですので自分で確認してください

生きとし生けるものが幸せでありますように
2009年10月04日 02:22
ワンギーサさん、おはようございます。私は仏教を学んでいるうちに、困ることがほとんどなくなりました。このブログにコメント入力できないので、困ってワンギーサさんにメールをお出ししたことがつい最近ありましたっけ(笑)。その時、コメントは昼間になりましたが、原因が分かれば良い(要はシステム上その時そうだったのです)。原因が複雑でも主因が明確なら、それに対処すれば問題ありません。例えば、私は持病がありあまり「脂肪」は摂取できません。だから脂肪分は控えて食事してます。それしかできないし、それ以外何かやる必要も考える必要も一切ありません。ここで「脂肪をとりたいけど病気がひどくなったらどうしよう?」と考えだした時点で、それは「悩み」に変化します。優先順位を混同させてます。また、それでもなおかつ病気が悪化するかもしれませんが、「心配」するに値しません。放っておくしかないことで、わざわざ「悩む」ことはないと思います。本来解決できないことがある。という事実を知ることも「悩まない」ためにはとてもいい事です。一例ですが、こんな感じでやれば「悩ましい問題」はほとんどなくなるかと思います。有難うございました。
あっきん
2009年10月04日 08:00
おはようございます。
 私的意見として、分からないから悩みがわいてくるのだと思います。先日、新さんがこのプログの書き込みが昼位だった時、。(何かあったのかしら?)家のパソコンの調子が悪いのかと思いました。
そして最近このプログを見て栄養になった事は、静寂とか何が起きても驚かず冷静にすると、どうすればよいか解決策が出てくると言う点です。それ以前に自分で気が付かないと始らないですね。
また生存欲があると衣食住等とかの心配するけど、なければ悩まないのでないかと感じたのですが、ワンギーサ様のコメントお願いします。
PUN
2009年10月04日 08:36
おはようございます。昨夜は中秋の名月、月がきれいでした。月に関しては、萩原朔太郎の「月に吠える」という詩や、人気アニメのエンディングテーマに使用された「fly me to the moon」、など、いろいろと歌われています。竹取物語とか、いろいろです。20世紀には月から見た地球の映像が、あったりもしました。お釈迦様は、月を見て、バラモンの理想像をイメージしました。バラモンの章の最後の方に「バラモンは雲が離れた月のようにこの世を照らす」という詩を残されています。月に対して、「吠えたい」とか、「飛んでいきたい」とか、「宇宙服を着たい」とか、我々はいろいろ願望を抱いてきました。私の今の望みは、お釈迦様の詩にあるように、世の中を慈しみ、月のようにこの世を照らす人になりたいと、いうことなのです。生きとし生けるものが幸せでありますように。
身の丈修行者
2015年06月29日 08:42
本文の「困った問題は自分の心と言葉と身体の行為が作り出していますから、その三つの行為を注意して、改善すれば問題は解決するのです」心に響きます。
職場等で様々な目に遭いますが、一番問題になる原因は自分の心が曇り・暗くなる事かと感じます。
心と言葉と体を観察し、問題解決思考型で日々生きていきたいです。

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