釈尊の教えを教えてくれた人彼に毎日礼拝すべし(392)

ダンマパダ 第26章 バラモン 392

正しく悟った人の教えを
知らせてくれた人を
バラモンが祭火にするように
恭しく礼拝すべきです


〇この詩の蛇足

 今回の蛇足はあっきんさんの今日のコメントについて考えることにしました。あっきんさんのコメントが蛇足というわけではありません。考えるヒントを与えてくれました。その内容は以下の通りです。

 「私的意見として、分からないから悩みがわいてくるのだと思います。先日、新さんがこのプログの書き込みが昼位だった時、。(何かあったのかしら?)家のパソコンの調子が悪いのかと思いました。そして最近このプログを見て栄養になった事は、静寂とか何が起きても驚かず冷静にすると、どうすればよいか解決策が出てくると言う点です。それ以前に自分で気が付かないと始らないですね。また生存欲があると衣食住等とかの心配するけど、なければ悩まないのでないかと感じたのですが、ワンギーサ様のコメントお願いします。」

 「分からないから悩みがわいてくるのだ」は私も正解だと思います。分かれば悩みがない。以前、スマナサーラ長老が「人はなぜ考えるのか?」という質問を出されました。その答えは「分からないからだ。」というものでした。つまり、人間は分からないと、考えて、悩むのです。分かれば、考えないし、悩まないのです。

 人間が考えると、悩むのは、正しく考えられないからです。正しくない思考は妄想と言います。妄想で悩みは増大します。正しい考え方は、八正道の正思惟です。正しく考えられないのならば、考えなければよいのですが、分からなければ考えてしまいます。そこで、考えないために、観察をするのです。物事を正しく観察することです。正しく観察すると、智慧が現れます。正しい観察は、正念です。分からないことがあると悩みが生まれますが、その解決方法は、正思惟、正念です。

 このように、人間(生命)にとって必要な智慧と知識、そのたあらゆることを教えてくれる仏教を学ぶ切っ掛けを作ってくれた人は、言葉で表せなほどありがたく、感謝しきれません。今回の詩のように、「恭しく礼拝すべきです」

 この詩のできた因縁物語は前回の「この詩から学ぶこと」に書きました。興味深いものですから是非お読み下さい。また、あっきんさんのコメントの後半の「生存欲の問題」については明日の「蛇足」で述べたいと思います。

〇前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200811/article_28.html
 釈尊の教えを教えてくれた人彼に毎日礼拝すべし

〇パーリ語原文

392.
ヤンハー  ダンマン  ウィジャーネッヤ
Yamhā    dhammaṃ  vijāneyya,
その人から 法が    知らされたならば  
サンマーサンブッダデースィタン
sammāsambuddhadesitaṃ;
正覚者に説かれた
サッカッチャン タン ナマッセッヤ
Sakkaccaṃ    taṃ  namasseyya,
恭しく      彼を  礼拝すべき
アッギフッタンワ ブラーフマノー
aggihuttaṃva    brāhmaṇo.
火を祭る ように  バラモンが

〇釈尊の教えを教えてくれた人彼に毎日礼拝すべし(392)


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~


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2009年第5回初期仏教一日体験会
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講師 アルボムッレ・スマナサーラ長老
日程 2009年10月10日(土)
会場 銀座ブロッサム(銀座中央会館)
参加費 1,000円(当日支払い)要予約,先着900名
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この記事へのコメント

あっきん
2009年10月05日 01:03
おはようございます。
問題が起こると人は騒ぐか、頭をかかえるかしか見た事がなかったので、落ち着くと智慧がでる事になるほどと思ったのです。
それと、東京では住宅事情が大変です。私の親戚が家のローンを返済後わったら今度は立替。仮にまた人間に生まれ変わったとして、いろんな苦労しても報われないんじゃんと思ったので、コメント昨日しました。
仏陀の教えを知らないとただ年だけとって、分からなくて迷路にはまるり困るのかしら。
毎日、智慧あるプログを更新してくれてワンギーサ様ありがとうございます。
あっきん
2009年10月05日 01:11
   ↑
ローン返済後、今度は立替です。
あ~眠くなってきました。
生きとし生けるものは幸せでありますように。
2009年10月05日 02:08
ワンギーサさん、おはようございます。あっきんさんのコメント、私もなるほどと思いました。私なりに(あくまで私的な解釈です)付け加えるならば「何が幸福なのか?どうすれば幸福になれれるか?が分からないから悩む」となると思いました。よくある「悩み」に「人間関係の悩み」がありますが、それは来る10月10日のスマナサーラ長老の講演会で確実に明らかになるでしょう(私は都合で行けませんが)。短い人生で、誰と付き合うべきで、どんな人と縁を切るべきか。それが分かれば、その事で悩む必要がなくなり、そして幸福になりますね(^O^)。それから、分かるとは同時に「知る」ことでもありますが、闇雲に何でも知ればそれでいいってもんじゃない。覚醒剤の入手方法などは知らない方がいい。それは不幸に導く知識です。ここで、「戒、定、慧」でなぜ「戒」が先頭にあるか、仏教って凄い教えだなと改めて思いました。まずは「道徳」からスタートする。その「道徳」は仏教が詳しく教えてくれています。結局、幸福になりたければ、仏教を学べばよい。ということです。ワンギーサさん、有難うございました。
2009年10月05日 03:48
上記コメントでは偉そうなことを書いてしまいましたが、本当のことをバラすと、「覚醒剤はどんなものだろう?これだけやってる人がいるという事は結構いいんじゃないかな?」という思いが、以前はあったのです。やらなかったのは、違法であることと(刑務所は嫌です)、単に試す勇気がなかったことです。仏教を知る前のことですが、一応「真面目人間」で通っていた面がありますから、これは怖いことです。何かのキッカケ、条件さえ整えれば、どうなっていたか分かりません。だから最近、麻薬や覚醒剤のニュースが報道されてますが、私は特別驚きませんでした。条件次第では何をやらかすかか自分でも分からない。それは不安であり、一種の悩みでもあります。目の前に覚醒剤があったとしても、絶対バレないとしても、やらない「自信」がついた時初めて「安らぎ」が訪れます。このように、仏教を学ぶことで「確定」されることが増えてきますが、「確定」さえすれば「ひょっとして、もしかして」という変な迷いがなくなってきます。「迷い」が減れば減るほど、楽になってきます。それは「幸福」なことだと思うのです。「心」を治すしか「幸福」になれません。有難うございました。
PUN
2009年10月05日 07:26
ワンギーサさん、あっきんさん、新さん、おはようございます。「正しく考えられないのならば、考えなければよいのですが、分からなければ考えてしまいます。そこで、考えないために、観察をするのです。」とありますが、本当にそう思います。科学者も観察をなさいますが、心の悩み苦しみの解決のために観察を使うのがベストであるということは、仏法僧だけが教えてくださったことです。感謝いたします。
身の丈修行者
2015年06月29日 08:52
本文の「「人はなぜ考えるのか?」という質問・・答えは「分からないからだ。」」心に響きます。
以前何が大事かわからない時は糸の切れた凧のように不安定で変に群れようとしたり、振り返れば残念な状態でした。
それを教えて頂けましたので、今は目標(悟り・解脱)に向かって日々進める距離は違い停滞もしますが、確実にぶれずに生きれているように思います。
教えて下さった御釈迦様・スマナサーラ長老、そして毎日学ぶ機会を下さり・そして何かの時には質問等のコンタクトの窓を開いて下さっているワンギーサ長老の厚意を心より感謝致します。
スマナサーラ長老は勿論ですが、毎日学ぶ機会を下さるワンギーサ長老の厚意がなければ、理解するのにもっと時間がかかったと思います。またその下地を私に下さった正田先生にも心より感謝致します。
毎日恭しく礼拝させて頂きたいです。

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