19.ブッダの教えを多く語っても、実践しない人は成果がない

ダンマパダ 第1章 ひと組 19、20

たとえ多くの教えを語っても、
実践しないで、放逸な人には
他人の牛を数える牧童のように
修行者の成果はない

たとえ少しか教えを語らなくとも
法を法に従って行い
貪欲と怒りと無知を捨てて
正しく知って、よく解脱した心があり
この世にもあの世にも執着しない人には
修行者の成果がある



〇超訳の試み

八万四千のお経があろうとも
目指すところはただ一つ、涅槃です
多くのお経を勉強しても
実践しない人には成果はない

八万四千のお経があろうとも
目指すところはただ一つ、涅槃です
一つのお経を勉強しても
実践する人には成果がある


〇子供ためのダンマパダ

いじわるはいけないと知りながら、いじわるする人
うそはいけないと知りながら、うそをつく人
宿題しなければいけないと知りながら、しない人
この子たちはおバカさん、立派な大人になりません。

いじわるはいけないと知っているから、いじわるしない
うそはいけないと知っているから、うそはつかない
宿題はするものだから、すぐにする
この子たちはおりこうさん、立派な大人になりますよ。


〇一口メモ

 仏教は実践の教えなのです。仏教の研究は学問かもしれませんが、仏教ではありません。一般の人々も仏教学者は仏教を研究しているから、仏教を実践していると思わない方がいいのです。もちろん仏教を研究しながら、仏教を実践している立派な仏教学者もたくさんおられます。道徳の実践のない仏教はありえないのです。


〇スマナサーラ長老のこの詩に関する説法

「知識欲」 ~知って役に立つこと、知ってはいけないこと~
http://www.j-theravada.net/howa/howa9.html


〇前回の「この詩から学ぶこと」

経典をたくさん学べど行いに念のない人成果はないぞ
http://76263383.at.webry.info/200901/article_9.html

〇パーリ語原文

19.
バフン ピ  チェー サンヒタ バーサマーノー 
Bahum pi   ce    saṃhita  bhāsamāno,
多くの でも  たとえ 教えを  語るとも   
ナ  タッカロー ホーティ ナロー パマットー
na   takkaro    hoti    naro   pamatto;
ない 実行者   ある    人   放逸な
ゴーポーワ ガーヴォー ガナヤン パレーサン 
Gopo  va    gāvo      gaṇayaṃ  paresaṃ,
牛飼い 如く  牛たち    数える   他人の     
ナ  バーガワー サーマンニャッサ ホーティ
na   bhāgavā    sāmaññassa     hoti.
ない 分け前は    修行者の    ある
20.
アッパンピ チェー サンヒタ バーサマーノー
Appam pi   ce    saṃhita  bhāsamāno,
少し  でも もし   教えを  語るとも
ダンマッサ ホーティ アヌダンマチャーリ
dhammassa  hoti    anudhammacārī;
法の     ある    実践者
ラーガンチャ ドーサンチャ パハーヤ モーハン
Rāgañca     dosañca    pahāya    mohaṃ,
貪と        瞋と     捨てて   痴を
サンマッパジャーノー スウィムッタチットー
sammappajāno      suvimuttacitto;
正知あり        よく解脱した心あり
アヌパーディヤーノー イダ ワー フラン  ワー
Anupādiyāno       idha  vā   huraṃ  vā,
執着しない       この世 も  あの世 も
サ  バーガワー サーマンニャッサ ホーティ 
sa   bhāgavā    sāmaññassa     hoti.
彼は 分け前    修行者の     ある


〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp15-23.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



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この記事へのコメント

林田明大
2009年11月13日 01:33
ワンギーサ 様
 「子供のためのダンマパダ」ありがとうございます。
 実にいい言葉です。本当に。
 大いに共感させて頂きました。
 私の仲間達にも、教えてあげたいと思います。
2009年11月13日 05:43
ワンギーサさん、おはようございます。「必要、役立つ」という基準で知識を得ることを、まだ克服できない私です。五欲は何とか克服したいと思ってます。テレビは観ません。音楽は聴きません(それほど好きではなかった)。面白そうだから、という理由では本も読みません。しかし、本来「知識欲」なのに「役立つ」と、ほとんど無意識的に理由づけして本を買ってしまいます。これは、欲で食べたいのに、「生きるためだから」と誤魔化すのと似ていて、識別困難でした。性欲は制御困難ですが、はっきりと「欲」とわかってる。さて、「食の必要最低限」を守る。つまり「これは死なないために食べなければならないのか?」と自問してみて、初めてわかったことがあります。「自分は食についてはグルメじゃない。」というそれまでの自己評価は間違っていた。贅沢志向があったんですね。それを知ったことはとても大きいです。これは「八戒」を守ることと実質同じことですが、「知識欲と必要性」が混在した読書にも応用できそうです。「道徳」の実践は大きい。「必要か否か」という基準で生活全体を見直し、「実践」してみる重要性を感じました。有難うございました。
PUN
2009年11月13日 13:46
ワンギーサさん、急な話で申し訳ありませんが、一つ申し上げたいことがあります。前進座「法然と親鸞」のA席(11000円)のペアチケットが二日分当たりました。一日分のペアチケットは普段お世話になっているワンギーサさんによろしければ差し上げたいと思います。11月18日(水)午後1時からのチケットと、11月20日(金)午後4時からのチケット、がありますが、どちらか都合がよい日はありますか。ちょっと困ったのでコメントさせていただきました。生きとし生けるものが幸せでありますように。(下にその公演の出演者が、その劇について語っているサイトを紹介しておきます)

前進座「法然と親鸞」 演劇 伝統芸・舞台 エンタメ YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/stage/theater/20091028et05.htm
PUN
2009年11月13日 14:05
ワンギーサさん、すみません。上の話はなかったことにしてください。浄土真宗の友人とひさびさにネットがつながったら、その方が必要だというので、浄土真宗の方のほうが、その劇にふさわしいので、ソッチの方にあげることにいたしました。申し訳ありません。
CyberBaba
2009年11月14日 00:21
肝に銘じたいお話だと思いました。
ありがとうございます。
まさこ
2010年07月19日 05:57

おはようございます。

ワンギーサさん、残して行ってくれた目次を、毎朝読む事にしたのですが、これを、実行しないと、意味がないですね。「子供のためのダンマパダ」私、おバカさんのほうにかなり当てはまり、そのせいで、立派な大人になれなかった、今から、頑張ります。
身の丈修行者
2015年07月12日 12:28
仏教を学び「こんなに知っています!」と難しい日本語を羅列するような方がいました。ですが、不放逸の意味を知らない様子でしたので・・・。
知識に走らず実践して参りたいです。
たか坊
2016年06月02日 14:59
今回も
明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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