28.放逸を不放逸で取り除く時、智慧が生まれる

ダンマパダ 第2章 不放逸 28


放逸を不放逸によって
賢者が取り除く時
智慧の殿堂に登り
憂いない人が憂いある人を見るように
山頂の立つ人が地上の人を見るように
智慧者は愚者を見る



〇超訳の試み

放逸は不放逸でしか
取り除けない
不放逸の時、智慧が生まれ
憂いのない人間になる
山頂に立ったように
世界が見える


〇子供のためのダンマパダ

悪いことしていること分からない子は
していることが分かれば賢くなれる
いつまでも分からない子はみじめ
すぐ分かる子はみじめでない
いつまでも分からない子はかっこわるい
すぐ分かる子はかっこいい



〇一口メモ

 やっと、この詩の意味が分かるようになってきました。はじめにこの詩にふれたのは岩波文庫にある次のような中村元訳でした。 「賢者が精励修行によって怠惰をしりぞけるときには、智慧の高閣(たかどの)に登り、自からは憂い無くして(他の)憂いある愚人どもを見下ろす。-山上にいる人が地上の人々を見下ろすように。」

 「智慧の高閣(たかどの)に登り、自からは憂い無くして」は、「不放逸によって智慧が現れ、その智慧によって、自分の憂いがなくなる」という意味でした。「山上にいる人が地上の人々を見下ろすように。」は、「憐れみを持って見る」ということで、これは悟った人の態度で、威張っているわけではないのです。


〇スマナサーラ長老のこの詩に関する説法

「いまの瞬間の生き方を実現する方法」 ~確実な解脱への道~
http://www.j-theravada.net/howa/howa11.html


〇前回の「この詩から学ぶこと」

放逸を不放逸によって除く時 智慧が現れ憂いなくなる
http://76263383.at.webry.info/200901/article_14.html



〇パーリ語原文

28.
パマーダン アッパマーデーナ
Pamādaṃ   appamādena,
放逸を    不放逸で
ヤダー ヌダティ パンディトー
yadā   nudati   paṇḍito;
ならば 取り除く  賢者が
パンニャーパーサーダマールヤ
Paññāpāsādamāruyha,
智慧の殿堂に登って
アソーコー   ソーキニン パジャン
asoko       sokiniṃ    pajaṃ;
憂いない人が 憂うある   人々を   
パッバタットーワ    ブーマッテー
Pabbataṭṭhova      bhūmaṭṭhe,
山に立つ人のように 地上に立つ人を
ディーロー バーレ アウェッカティ
dhīro     bāle    avekkhati.
智慧者は 愚者を  見る


〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp24-32_V2.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



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この記事へのコメント

ワンギーサ
2009年11月17日 13:11
今日は、これから八王子の禅東院の戒壇でウポーサタ(布薩)がありますので、早く今回の記事を掲載いたしました。
高橋優太
2009年11月17日 15:28
ワンギーサ先生、こんにちは。
ウポーサタ(布薩)とは何を行うのでしょうか?
2009年11月17日 23:18
生きとし生けるものとしてみれば、区別なんかなくあなたも、私もおなじ、それを認めてしまいましょう。たまたま心が、この体の中にいるだけ、だから操縦できるわけ、しゃべったり、動いたりね、見たりもできるし、聞くことだってできる、味見もできるね、においもかぐことができるね。整理する頭もあるね。

使うか使わないかは、心が決めるよね

その心はたまたまこの体にいるだけで、あなたのこころはつねにほかの子の心と影響しあって変わっているんだ

今かかわりがあるすべての人と接したら心はどんどん生きとし生けるものに近づくよ。生きとし生けるもののこころをつくろうよ。

そうすればね、見えてくるよ、見えればもう変わってる
よ自分が勝手に、悩まなくたっていい、自分が見えたらその時点で変わっているんだよ、

生きとし生けるものが幸せでありますように
2009年11月18日 01:12
ワンギーサさん、おはようございます。ブッダはカルナーだけだったという意味での「憐れみ」ですかね。輪廻から脱出した境地のようには想像はしています。有難うございました。
ワンギーサ
2009年11月18日 08:43
高橋優太さんへ。
君はまだ若いから言います。
なんでもすぐ人に聞くのではなく、まず、自分で調べてみることが大切です。今はインターネットなどで、すぐ調べられます。それでも分からなかった分かる人に聞くようにしたほうがよいです。その方が自分のためになります。
恩返し
2009年11月18日 10:23
 高橋優太さま。
 http://gotami.j-theravada.net/2006/04/pdf.htmlに「戒壇とは何か?」というPDF文庫がありますので、読まれては如何かと思います。特に最後の方に、ウポーサタについての記述があったと思います。
 ネットでは少し探しにくいと思いますので…。
高橋優太
2009年11月18日 13:59
ワンギーサ先生へ。
わかりました。調べてみます。
身の丈修行者
2015年07月14日 07:27
分かった方は相手の場外がさっと分かり、そして的確にアドバイスを下さると思います。
それは山の上から見るように、さっと視界が開けていて良く見えるから(智慧があるから)なのですね。
そのようになれるように目指したいです。

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