29.気づきある人は早い馬のように悟りに向かう

ダンマパダ 29


放逸な人々の中で不放逸であり
眠っている人々の中で多く眠らない
賢者は速い馬が弱い馬を
置いて行くように進む



〇超訳の試み

気づきのない人々の中で
気づきある人々は
遅い馬を速い馬が抜き去るように
悟りに向かって進む


〇子供のためのダンマパダ

きょろきょろしている
生徒がいる中で
先生の話をよく聞く子は
先生の話がよく分かる



〇一口メモ

 今回の「子供のためのダンマパダ」の意図は原文と、少しずれているのではないかという意見があると思います。原文から言えば、「自分がきょろきょろしているか分かることが大切」ということになります。自分がきょろきょろしているのに、自分はきょろきょろしてないと思っている子供が多いのです。実は子供だけではありません。大人も自分のしていることを自覚しないで行動しているのです。

 「先生の話をよく聞く子は 先生の話がよく分かる」と言って、自分のしてることに気づくように喚起しているつもりの言葉です。説明しなければ、分からないような文章ですみません。

 「放逸」を「怠ける」、「不放逸」を「怠けない」と言う訳に何故しないのかについて、前回の「この詩から学ぶことに書きましたから、是非そちらもお読み下さい。


〇前回の「この詩から学ぶこと」

放逸は走らぬ馬だ不放逸は速い馬のよう悟りに向かう
http://76263383.at.webry.info/200901/article_15.html

〇パーリ語原文

29.
アッパマットー パマッテース
Appamatto    pamattesu,
不放逸の人  放逸の人の中で
スッテース       バフジャーガロー
suttesu          bahujāgaro;
眠っている人の中で 多く目覚めた人
アバラッサンワ スィーガッソー
Abalassaṃva   sīghasso,
弱い馬を 如く 速い馬が
ヒトゥワー ヤーティ スメーダソー
hitvā     yāti    sumedhaso.
捨てて   行く    賢い人は

〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp24-32_V2.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



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この記事へのコメント

2009年11月18日 22:01
僕は先生の話を聞くぞー

きょろきょろしてる子がいたって構わない

僕は先生の話を今は聞いてるんだ。

先生の話ばかり聞いてる子がいるぞー

いつも先生の話だけ聞いてる子がいるぞー

何を聞いているんだろー

きょろきょろしてた子もいつの間にか先生の話聞いてる

速足ででわき目もふらず、まっすぐに走って行ったなー

気になるから僕も行ってみよう、アー頑張っていかないと見失う

生きとし生けるものが幸せでありますように
才木広之
2009年11月18日 22:32
良いことを行う時に、人のことを気にすることなく、ただ自分の道を進む

良いことを行う子は、周りの子のことも気にかけようとする。

ぼくは断言する、良いことを行うときは、ひとり、自分の道をまず進めばよい。他を気にした時点で、自分に負けています。良いことをするのに自分の道を、一人まず進むことは、決して、仲間はずれでも、他を無視することでもないそんなことを気にせずに、良いことをする時には、集中して自分の道を進めばよい、疑いを持たず慈悲の心を自分の中で作り、自分のものとしてしまえば、他に対して疑いの心が全くないのであればよろしい

断言します。才木広之

生きとし生けるものが幸せでありますように、といつも願っております


生きとし生けるものが幸せでありますように


2009年11月19日 04:27
ワンギーサさん、おはようございます。人の話を聞くべきときに例えば漫画を読む。ここで問題とされてることは、このようなことではないでしょう。きちんとしっかり人の話を聞く場合「聞いたつもり」で聞いてないことへの自覚がないことが多い。講演会なら、話の途中で「終了時刻がそれとなく気になってくる」「ちょっと知ってることが話題にのぼると、自分の知識範囲ですぐ結論を決めつけてしまう」「面白そうなこと、興味のあることしか聞いてない」「よく理解できたこと。保留課題にしたらいいこと。理解できなかったこと。の区別が全くなく、何となくわかったような気がしているが、かと言って何となく全体的に理解に自信がない」等々、です。中学のとき理科の先生が「工夫しても子供が授業に集中してるのは、一時間のうちせいぜい15分程度だ」と話されたそうです。その先生はとても怖いことで有名で授業中は皆じっとしていて、とてもふざけてる場合じゃなかったのですが、さすが生徒のことをよく観察してらっしゃったと思います。「不放逸」に聞く。ということをもう一度反省して聞くことにチァレンジしてみます。有難うございました。
あっきん
2009年11月19日 08:33
おはようございます。
 好きな事だと夢中でやりますが、嫌いな面倒な事だと後回しにしがちです。こんな感情が混じりこんでくるのは、私の主観のせいで事実とは無関係ですね。
生きとし生けるものが幸せでありますように
身の丈修行者
2015年07月14日 07:29
気付く事が出来ている、と言う事の大切さを感じます。
そこが出来れば、諸々進んで行きそうに思います。
自分の心の観察と気付きを実践して参りたいです。
たか坊
2016年06月06日 22:46
今回も
明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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