33.制しがたい心を智慧者は直す

ダンマパダ 第3章 心 33

震えやすく、動揺しやすく
守り難く、制し難い心を
智慧者は直す
矢を作る人が矢を直すように



〇超訳の試み

心はおびえているのに
頑固で養いがたい
しかし智慧ある人は
子供のように心を育てる


〇子供のためのダンマパダ

君が笑っているとき心は笑っている
君が泣いているとき心は泣いている
自分を見れば心がわかる
賢い子供は自分を直して心を育てる



〇一口メモ

 この詩から、第3章心が始まります。心は仏教の第一のテーマなのです。仏教の教えは「心を育てること」です。心を育てるためには、不放逸が必要なのです。仏教は実践が優先しますから、第2章で不放逸に関する教えを学びました。

 心を育てるには、心について知らなければなりません。しかし、心は姿、形がありません。色や香りもなく、音もしません。触ることもできないのです。ですから、心はなんとなくあるように思っていても、理解しにくいのです。ですが、心についての理解が深まると、心は非常な大きなエネルギーを持ち、個人を幸福にするのも心であり、不幸にするのも心であり、世界を平和にするのも、戦争にするのも心であることが分かります。そのような重大な心について、仏陀の心に関する教えを学び実践することが必要です。

 「子供のためのダンマパダ」に関して言えば、以前子供と、「心で思ったこと当てゲーム」をやったことがあります。先ず、子供に何か心に思ってもらうのです。それを私が何を思ったか当てるのです。子供は素直で、正直ですから、何かを思うとそれを、いっしょうけんめいに見ているのです。ですから、私は子供の見ているものを言えば当たりです。子供はなぜ分かったのか不思議がりますが、そんなことは簡単です。

 しかし、だんだん大人になると、素直でなくなり、心で思うことと態度を変えてきます。「心で泣いて顔で笑う」とうようなことを始めます。その内、だんだん大人は自分でも自分の本当の心が分からなくなって、自分では幸せを願いながら、不幸になる行動を始めます。ですから、大人も子供も、自分が本当に幸せになるように、心を学び、「心を育てる」必要があるのです。


〇前回の「この詩から学ぶこと」

震えたり動揺したりする心 直しにくいが智慧者は直す
http://76263383.at.webry.info/200901/article_19.html

〇パーリ語原文

33.
パンダナン チャパラン チッタン
Phandanaṃ  capalaṃ   cittaṃ,
震える    動揺する  心を
ドゥーラッカン ドゥンニワーラヤン
dūrakkhaṃ    dunnivārayaṃ;
守り難い     禁制し難い
ウジュン カローティ メーダーウィー
Ujuṃ    karoti    medhāvī,
正しく   行う    智慧者は
ウスカーローワ   テージャナン
usukārova       tejanaṃ.
矢を作る人ように  矢を


〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp33-43.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



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この記事へのコメント

2009年11月22日 22:39
ワンギーサさん、今晩は。今晩も「食」の誘惑にかられてしまいました。ほとんど瞬間的に「詭弁、言い訳、屁理屈…等々」の数々が頭をよぎりました。実に「心」は「怠け、欲、怒り」に対してメチャクチャ「甘~い」もんだな、とつくづく思いました。「心」の大好きなものを「戒」で断ってしまうと「心」が暴れ出します。「八戒」を本格的にやりはじめて、二度強い身体反応がありました。ふらつきと吐気です。しかし、それは「心」の問題だとわかりました。仮に「肉体」の問題なら、日増しに身体が悪くなるはずだからです。また法友から「瞑想会では八戒など楽に守れるのに、戻るとなかなか」と聞き、確信しました。とにかく言えるのは、「心」は「善」は大嫌ということです。「他のことなら何でもするから、煩悩だけは残してくれよ!」が「心」の本音のように思えてなりません。その悪党ぶりには驚くばかりです。有難うございました。
2009年11月22日 23:01
もちろん「戒」は守ってます(笑)。一切の性的行為から離れる。つまり「性器」という言葉を死語にするということですが、なんとかやってます。「その気になれば少しくらい」と思っているのと、「戒」で完全に断つのとでは、形の上では同じっぽくても、こんなに違うのかと思い知らされました。これも「心因性」ですね。
あっきん
2009年11月23日 00:39
おはようございます。
 怒ってキレたり、ギャンブル等にのめりこんだりするのは、自己コントロールができないからだと思います。瞑想して訓練すると、客観的に自分を見れます。
なので、そんなパニックになることはありません。
一息つきたい時、コーヒーもいいですが、慈悲の瞑想をすると気分が切り替えられますよ。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
2009年11月23日 09:04
戒を一つとして守れていないでしょう私です。

生きとし生けるものの私たち、一人でも悩み苦しみを持たれておるのなら、結局は心の奥の引っ掛かりとなり、私の苦しみでもあります。

生きとし生けるものが幸せになって、少しでも生きとし生けるものの幸せを増やそうではありませんんか

全体として、生きとし生けるものが幸せになって初めて、自分の幸せもあるのです。殺人者一人が出ただけで、多大な自分の幸せも、減っています。ひとりひとりが、自立し、自立できたのなら欲張らず、自立できない方とお友達になり、それこそが、仏道、ブッダのこころであると考えます。

生きとし生けるものが幸せでありますように
ななし
2009年11月23日 09:18
言葉の重大性

巧みに利用しておる方が多いように思います。

都合のいいように、ある時は、ブッダが在家のかたに言われた言葉を言い訳に、ある時は、出家のかたに言われた言葉を言い訳に、それぞれ立場が違い、その方の、やるべき事柄というものがあります。自分で自分のやるべきことをみつけ、そこにブッダの言葉に見合うものを見つけて教訓とすればよいと思います。
ブッダの言葉にこうあるから、こうするでは、やらないほうが良いでしょう。

ななし
2009年11月23日 09:28
今となっては、ブッダが私に会ってくれるわけでは御座いません。

ですから、ブッダという正自覚者が、今の私を見たら何を言われるであろうとブッダが傍らで見ているようにあらねばと思います。ここでよいことを書くことはいくらでも出来ます

万人に、二十四時間の、自分というものを見ていただいている。または見ていただいても結構です、というような態度であらねば心の自由というものはございません。そこには当然、内緒話も、陰口も、愚痴も、何もありません。戒を守れておられる方とはそのように、さー二十四時間私の後について、何でも見てくださいと言える方です。

生きとし生けるものが幸せでありますように
ななし
2009年11月23日 09:41
とにかく私たちの生活の中では、無知が百パーセントを占めているでしょう、その百パーセントの無知の中で少し無知ではあるのだけれど、その中でも少しましな無知を体験しているぐらいのことなのです。ですから何もかもを捨てて、少しでも悟りの光を見られますように。少し見ればあることが分かります。少しもも見ないうちは疑いの気持ちがありますが、少しでも光が見えれば、あとは大丈夫なのです。無知の心で百頑張っても、ほんの一瞬無知でない心で、ほんの一瞬がんばるほうがはるかに大きいのです。ですから、私は新さんなどが見ていられないのです
ななし
2009年11月23日 10:34
以前裸の王様の話がありました

すべてみんな、裸の王様なんだよ

無知なんだよ。愚か者なんだよ。

悟りの光をまず見ようよ

それまでは黙っていようよ、迷惑になるから

悟りの光を見て、それから話そうあよ。

無知のごみをばら撒かないで

生きとし生けるものが幸せでありますように
竹澤 彰
2009年11月23日 11:36
非常に残念な気持ちになったので、初めてコメントします。色々な意見があるのはいいと思いますが、少なくとも人を非難するようなコメントは自分の名前を名乗るべきではないでしょうか。私は、新さんのコメントにすごく頑張っているといつも楽しみにしています。ただし、自分に厳しすぎると怒りになる危険性もあるので、受容も大事では?と思いますが・・・
ななしのななし
2009年11月23日 13:19
いやな思いをさせてすみません、自分のニックネームでは投稿制限がかかっておりましたので、ななしとしましたが、今はななしでも投稿制限がかかっておりますのでななしのななしとしましたが
サイキヒロユキです

生きとし生けるものが幸せでありますように
ワンギーサ(このブログの管理者)
2009年11月23日 15:13
ななし様、及び、ななしのななし様。
あなたは「生けるものが幸せでありますように」と書かれていますが、あなたのコメントは、「生きとし生けるものが幸せになりませんので、このブログでのコメントが御遠慮下さい。自分のブログで御自由に何でも書いてください。
人の幸せを願うのであれば、人の嫌がる行動は慎むべきです。少なくとも私は嫌がっています。
身の丈修行者
2015年07月16日 06:22
私事の余談ですが、自分の心を成長させたいと心理学の本を読んだ事があります。自分でない方の心を分析をする学問らしい?と分かりました→自分の心の成長には繋がらず、知識→思考が回転するのみのような印象を感じました。
心の感じている事の観察実践で、心を成長させたいです。
たか坊
2016年06月15日 00:00
今回も
明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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