36.心は極めて見にくく極めて微妙だ

ダンマパダ 第3章 心 36

極めて見難く、極めて微妙で
好きな所に行く心を
智慧ある者は守るべきだ
守られた心は幸福をもたらす



〇超訳の試み

心は見にくく、繊細で
しかもわがままだ
しかし、守られた心は
人間を幸福にする


〇子供ためのダンマパダ

心は望遠鏡で見えるかな
顕微鏡でみえるかな
見えないけれど
良い心は君を幸福にする


 


〇一口メモ

 前回の「この詩から学ぶこと」を再読したら、私は次のような問題を皆様に出していました。
「心は色や形がなく、声を出さなく、匂いや、味もなく、触れることもできないのです。ですから、眼、耳、鼻、舌、身の感覚器官では感じることができないのです。では私たちはなぜ心の存在を知っているのでしょうか?」

 皆さんは、まじめにこの答えをコメントにくださいました。毎日コメントをしてくださる方は覚えておられると思いますが、初めての方はこのような問題を考えてみるのも頭の体操になると思います。
この問題の答えは、問題を出した日の翌日のブログ記事に書きました。また、皆さんの答えはコメントに書いてありますので、是非お読みになって、自分の答えと比較検討してください。改めて、ご意見のある方は今日のコメント欄にお書き下さい。

 さて、前回も書きましたが、「心を守るとは何か?」について少し書きます。心は心の内外の情報を知り、その情報に対していろいろな反応をします。その時、好きなもの、欲しいものに対しては欲望が現れます。この欲望は限界というものを知りませんから、どんどん大きくなって苦しみ、不幸をもたらすのです。ですから、好きな情報が心に入ってくる段階でその情報を制限して、心を守る必要があるのです。

 また、心に嫌いな、嫌な情報が入ると、それに反応して、心に怒りが現れます。怒りは相手に敵対して、平和な関係を破ります。また、怒りは自分の身体を壊す自己破壊のエネルギーなのです。怒りは人間に不幸をもたらすのです。ですから、嫌いな情報が心に入ってくる時点で、心を守るのです。

 また、好きでも嫌いでのもない情報には、心は無関心な態度を示します。しかし、好きでも嫌いでもない情報でも必要な情報はあるのです。必要な情報を無視すると人格の向上、心の成長ができないのです。必要な情報は取り入れかければなりません。

 このように、心を守ることは、幸福になるために必要なことなのです。そして、心を守るためには、常に気づいている必要なのです。第2章で学んだ不放逸ということが必要なのです。


〇前回の「この詩から学ぶこと」
智慧の人見難く微妙なこの心守り育てて幸福になる
http://76263383.at.webry.info/200901/article_22.html


〇パーリ語原文

36.
スドゥッダサン スニプナン
Sududdasaṃ   sunipuṇaṃ,
極めて見難い 極めて微妙な
ヤッタカーマニパーティナン
yatthakāmanipātinaṃ;
好きな所に行く
チッタン ラッケータ  メーダーウィ
Cittaṃ   rakkhetha   medhāvī,
心を    守るべきだ 智慧者は
チタン グッタン  スカーワハン
cittaṃ  guttaṃ   sukhāvahaṃ.
心は  守られた 幸福をもたらす

〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp33-43.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



◎お願い:今回の詩に共感された方は、ページ右上の『仏教』をクリックをお願いします。そうすると、仏教ランキングのランクが上がります。ランクが上がると多くの人の目に留まりやすくなり、ダンマパダの認知度が高まるからです。

この記事へのコメント

2009年11月26日 03:19
ワンギーサさん、おはようございます。「欲望」の罠と戦ってます。初めて「仏教」を学びはじめたとき「悩み」がありました。つまり「怒り」です。嫉妬、競争心、後悔、自己嫌悪、いわゆるストレス…これらがなくなるか、あまり感じなくなるようになれば、日々穏やかに暮らせます。それはとてもいいことです。ところで「仏教」を学び実践しながら、他の「心理学」や「悩み相談」などの本を読みましたが、それなりにいいことが書かれてます。その点では「瞑想」は「怒り」という精神的病の治療のもっとも有効な方法のひとつです。さて、「八戒」では「五欲」をもろに直撃します。「心」にとってつらいのは「欲との決別」だというのが、現時点での実感です。これだけは、私の知る限り他の「癒し本」等では追究されてません。人は出来れば色々楽しみたいのです。刺激を得たいのです。それが通常「生き甲斐」となります。「五欲」の制御あたりが仏教の真骨頂のように思えます。「好きなものを手放す」には恐怖にうち勝つ勇気が必要です。だから「精進」の重要性を感じてます。有難うございました。
bud(pun改め)
2009年11月26日 09:00
おはようございます。心の守り方を知らず、自分や他人を大いに傷つけてきました。戒律によって心を守り、冥想によって安らぎを得て、心の平和を守りたいと思います。生きとし生けるものが幸せでありますように。
高橋優太
2009年11月26日 11:52
ワンギーサ先生、皆様、こんにちは。
もう一度問題を考えてみます。生きとし生けるものが幸せでありますように。
チヨ
2009年11月26日 14:46
 ワンギーサさん、こんにちは。はじめまして。毎日たいへんためになるお話をありがとうございます。
 さて、前回の「この詩から学ぶこと」を見に行きましたら、
 「心が極めて微妙であることは、瞑想の方法などには大きな影響があります。ある能力や性格の人には、ある特定な瞑想方法がよく、他の瞑想方法は合わないということがあります。そのことは、日本テーラワーダ仏教協会機関紙の「パティパダー(2009年2月号)」の「巻頭法話」にスマナサーラ長老が詳しく書かれていますので、是非参照してください。」ということが書かれてありました。
 ぜひこれを読みたいと思うのですが、パティパダー2009年2月号が、見つかりません。
どこにあるのか教えていただけませんか。
ワンギーサ
2009年11月26日 17:16
チヨさん、コメントありがとうございます。パティパダーは日本テーラワーダ仏教協会の機関紙です。毎月会員の方に発送しております。しかし、会員以外の方も購入できます。日本テーラワーダ仏教協会(電話03-5738-5526)のお問い合わせ下さい。在庫があれば購入できます。在庫がなければ、私にメール下さい。
アドレスはvangiisa@j-theravada.net
私が何とかしてその文章を読めるように致します。
三宝のご加護がありますように。
チヨ
2009年11月26日 18:12
ワンギーサさん、さっそくのあたたかいお返事ありがとうございました。
身の丈修行者
2015年07月17日 19:06
本文の「心を守るとは何か?」を実践していきたいです。
自分的に課題に思っていますのが「嫌な情報が入ると・・怒りが現れます・・」の所です。職場でその出してしまった自分の怒りで、相手の怒りがさらに増幅した経験が少なからずあります。怒りを出さないように心を制御して参りたいです。
たか坊
2016年06月19日 13:33
今回も
明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

この記事へのトラックバック