37.心は一人でどこにでも飛んで行く

ダンマパダ 第3章 心 37

遠くに行く、一人で動く
身体はないが、身体にいる
心を制御する人々は
悪魔の支配から解放されるだろう


〇超訳の試み

心は身体にも、離れても
一人でどこにでも飛んで行く
心を操縦できれば
真の自由がわかるだろう


〇子供のためのダンマパダ

心は日本の裏のブラジルも
月の上の石さえもイメージできる
心はどこにでも行けるんだ
ごはんのない子も心配してね





〇一口メモ

 今回は心の特質について、微妙なことをあっさりと述べられています。ですからあっさり理解すればよいのですが、少し言葉に引っかかって理解しようと思えば、心には超能力的な力があることが述べられていると思えます。そのような話を受け付けない方は、これ以上読まない方がよいでしょう。仏教は根拠のない話は語らないのですから。

 ただ、眼、耳、鼻、舌、身の五感は身体にある感覚器官ですから、そこで感じる時は心は身体にあるのです。しかし、意(心の感覚器官)は心にありますから、その時は心は身体の中にあるとは限らないのです。「子供のダンマパダ」の今回の詩で述べたように、私たちは日本の裏側のブラジルもイメージできます。また、戦禍に苦しむ子供たちやアフリカで飢えで苦しんでいる子供たちにも思いをはせることができます。その時、心はイラクやアフガニスタンやアフリカに飛んでいます。

 話は少し変わります。自己中心的な人の心は自己中心にあります。家族を思っている人の心は家族にあります。日本を心配している政治家などの心は日本にあります。世界の人々の平和を願っている人の心は世界にあるのではないでしょか。

 慈悲の瞑想を実践している人々は、始めに「私が幸せでありますように」と称え、次に「私の親しい人々が幸せでありますように」と称えます。心を「私の範囲」から「私の親しい人々の範囲」に広げるているのです。次に「生きとしいけるものが幸せありますように」と称えますが、これは大変なことなのです。全ての人類や地球上の全ての生物、また地球以外の天体の生命、次元を異なる生命、すなわち神々やまた地獄にいる生命にも思いを広げることなのです。これはすぐにはできませんが、慈悲の瞑想で育てる慈悲喜捨の心とヴィパッサナーで開発する智慧の心は無限大に大きくできるものなのです。心は育てられれば、超能力と言ってよい力をもてることを述べていると理解してもいいのではないでしょうか。

 追伸: 今日、スマナサーラ長老著「悩みと縁のない生き方『日々是好日』経」(サンガ、定価1365円)がゴータミー精舎に荷入荷しました。私はすぐ読みましたが、この本があれば他に本は要らないと言える程よい本です。是非皆さんお読み下さい。


〇前回の「この詩から学ぶこと」

どこにでも一人で飛ぶこの心制御する人解放される
http://76263383.at.webry.info/200901/article_23.html

〇パーリ語原文

37.
ドゥーランガマン エーカチャラン
Dūraṅgamaṃ    ekacaraṃ,
遠くに行く     一人で行く
アサリーラン グハーサヤン
asarīraṃ     guhāsayaṃ;
身体はない  洞窟(身体)にいる
イェー  チッタン サンヤメッサンティ
Ye     cittaṃ   saṃyamessanti,
人々は 心を    抑制するだろう
モッカンティ    マーラバンダナー
mokkhanti      mārabandhanā.
自由になるだろう 悪魔の束縛から

〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp33-43.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



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この記事へのコメント

ワタナベ
2009年11月27日 00:41
guhāsayam.は、
guhāは「隠す場所、隠処、洞窟、厳穴、石室、心」(雲井辞書)
sayam.はseti,sayati臥すの現在分詞。

例えば中村訳では「心は胸の奥の洞窟にひそんでいる」となっており,又他では、「心は心臓の岩屋にある云々」というようなニュアンスの訳もよく目にします。

しかしながら今回原文を見てみますと、guhāsayam.は「洞窟=身体にひそんでいる」という意味で、「心臓」という意味まではないようですね。原文と雲井辞書には。。。。
後世成立のアビダルマ(サンガハ)や註釈には「心は(基本的に)心臓にある」となっていると聞いた事があります。
しかしスマナサーラ長老は「お釈迦様は心は明確に心臓にあるとはおっしゃっていない云々」という講義をお聞きした記憶があります。
「心は感覚の生じたところにある(生まれる)」等のご説法をお聞きした記憶もあります。ブッダの実践心理学第一巻P289参照。
なるほどなと思いました。いつもありがとうございます。
2009年11月27日 02:17
ワンギーサさん、おはようございます。うーん、コメントしづらい(笑)。実際、「心」にはそのような「能力」が備わっているようです。それが色々妄想したり、自己中心的だと機能しない。ただ「錆びついている」だけ。だから、「当たり前」のことと考えてます。例えば、私の祖母は母の出産直後、私を見て「この子は具合が悪いので、すぐ何とかしなければならない」と医者にも分からなかったことを言ったそうです。お陰で私は命拾いしましたが、ごく普通の「能力」です。「超能力」という概念自体がよろしくない。「錆び」を落とした金属が本来の道具となっても、誰も驚きません。「心」も「錆び」を落とせば落とすほど、本来の能力を発揮するだけです。その時、驚いたり、高慢になったり、特別な能力を得たなどと考えたりすると、そのとき新たな「錆び」が「心」にこびりつくので、そのことに注意するだけだと思います。あくまで「当たり前」のことと理解しておきたいですね。有難うございました。
bud
2009年11月27日 08:14
ワタナベさん
『ブッダの実践心理学』第一巻は私ももっています。定額給付金で三巻まで、古本屋で購入したのです。まだあまり読んでないですが。あのシリーズは非常に専門的ですね。あんな専門的なことを、わかりやすく日本語にしてくださったスマナサーラ大長老には感謝いたしたいです。
bud(pun改め)
2009年11月27日 08:15
ワンギーサさん
今日の一口メモで「私たちは日本の裏側のブラジルもイメージできます。また、戦禍に苦しむ子供たちやアフリカで飢えで苦しんでいる子供たちにも思いをはせることができます。その時、心はイラクやアフガニスタンやアフリカに飛んでいます。」と書かれています。私も、拙いながら、世界共通語である英語で一言「All you have to do is do vipassana meditation」と申し上げます。
高橋優太
2009年11月27日 09:32
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。「悩みと縁のない生き方『日々是好日』経」を日曜日に書店にあり次第買わせていただきます。

今週号のパティパダーのカタログに新刊として「幸福」の道は「友情」で完成する、がありました。前に困ったときはダンマパダで紹介されていた講演会でしたので、うれしいです。これと「私のライフワーク」の見つけ方と合わせて注文させていただきました。いつもありがとうございます。生きとし生けるものが幸せでありますように。
ときこ
2009年11月27日 10:42
ワンギーサ様
 いつも、ためになるご本の紹介を有難うございます。「悩みと縁のない生き方『日々是好日』経」是非読ませていただきます。(長老の、7月の住吉武道館での講演も印象に残っております。) 

 遅ればせながら、「二重洗脳」を読みました。依存症はありませんが、考えるヒントになると思いました。[出来事→感情]の図式ではなく、[出来事→思考→感情]の図式にはハッ!としました。ご紹介ありがとうございました。
合掌
ワタナベ
2009年11月27日 11:09
>budさん
はじめまして。そして皆様も今後とも宜しくお願い致します。
そうです。スマナサーラ大長老はちょっと言葉に形容できないほどの師だと思います。
僕は経典が好きでよく読んだりするのですが、とにもかくにも日本にスマナサーラ長老が来日されなかったならば、今現在の日本での上座仏教の教えが広がるということはなかったと思います。僕も長老がいらっしゃらなかったならば、おそらく一生初期仏教には縁がなかったでしょうし、もがき、苦しみのまま一生を終えていた事でしょう(^^;。本当にありがたく思っております。m( )m
身の丈修行者
2015年07月17日 19:11
巷で使われる事のある「心ここにあらず」の意味が、この解説から分かったように感じました。
本文の「慈悲の瞑想で育てる慈悲喜捨の心とヴィパッサナーで開発する智慧の心は無限大に大きくできるもの」が実現するよう実践したいです。
たか坊
2016年06月20日 13:21
今回も
明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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