11.真実でないものを真実と思う人は真実を発見できない

ダンマパダ 第1章 ひと組 11、12

真実でないものを真実と思い
真実を真実でないと見る人々は
誤った考え方を持っているので
彼らは真実に到達できない

真実を真実と知り
真実でないものを真実でないと見る人々は
正しい見方を持っているので
彼らは真実に到達できる



〇超訳の試み

黒を白と思い、白を黒と見る人は
偏見に囚われて、真理を発見できない

白を白と知り、黒を黒と見る人は
偏見がないので、真理を発見する


〇子供のためのダンマパダ

裸の王様の洋服を誉める大人は
ばかだから、本当のことが分からない

裸の王様を「裸だ」と言う子供は
素直だから、本当のことがよく分かる

〇一口メモ

 今回の「子供のためのダンマパダ」の「裸の王様」とはアンデルセン童話の「裸の王様」です。もし、お子さんが「裸の王様」の話を知らないようでしたら、是非お話ししてあげてください。


〇スマナサーラ長老のこの詩に関する説法

「真実の見つけ方」 ~頭だけでは何も掴めない~
 http://www.j-theravada.net/howa/howa6.html


〇前回の「この詩から学ぶこと」

真実を真実でないと考える人は真実に到達しない
http://76263383.at.webry.info/200901/article_6.html
 


〇パーリ語原文

11.
アサーレー    サーラマティノー サーレー チャーサーラダッスィノー
Asāre         sāramatino,      sāre     cāsāradassino;
不真実に      真実を思い     真実に  しかし 不真実を見る 
テー  サーラン ナーディガッチャンティ ミッチャーサンカッパゴーチャラー
Te     sāraṃ   nādhigacchanti,      micchāsaṅkappagocarā.
彼らは 真実に  到達しない        間違った考えの境地により 
12.
サーランチャ サーラトー  ニャトゥワー アサーランチャ アサーラトー
Sārañca      sārato     ñatvā,     asārañca      asārato;
真実を しかし 真実として 知って    不真実を 又   不真実と
テー サーラン アディガッチャンティ サンマーサンカッパゴーチャラー
Te    sāraṃ   adhigacchanti,      sammāsaṅkappagocarā.
彼は  真実に  到達する        正しい考えの境地により


〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp7-14.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



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この記事へのコメント

才木広之
2009年11月09日 21:09
はい、お父さんわかりました。

この様な事を言ってくれるお父さんがいたら最高でしょうね

いえ、ワンギーサさんは、僕のお父さんです。心を教えてくれるお父さんです。

がんばります。

生きとし生けるものが幸せでありますようにといつも願っております
2009年11月09日 21:40
ワンギーサさん、今晩は。「内容をよく理解し、実践すること」ですね。二つ注意してることがあります。ひとつは「肉体のためにやってないか」もうひとつは「テーラワーダ仏教をブランド化してないか」です。私の行動パターンに「ホンモノ志向」「本家本流志向」「老舗志向」という一種のブランド志向みたいなのがあります。例えば、今もってるカメラはカメラの老舗・ライカの戦前のレンズです。困った事に「いいものはやはりいい」のです。伊達に一流ブランドじゃない。小型カメラの元祖じゃない。という側面があります。名と実と両方。私にありがちなパターンです。しかし、この行動パターンで仏教をやるともうダメだと思ってます。いいものは確かにいい。しかしそれは「真理を希求し、実践する」ことのみに焦点をあて続けた場合にのみだと思ってます。「テーラワーダ仏教というブランドを着るなかれ」と厳しく自戒してはいます。有難うございました。
2009年11月10日 05:18
ワンギーサさん、おはようございます。ということで『パーリ仏教辞典』(春秋社)を購入しました。二千ページを超す大著でズシリと重いのですが、村上真完さんと及川真介さんの御二人の著者の熱意、心意気が伝わってくるようです。内容もさることながら、御二人の情熱には感化されました。『パーリ仏教辞典』が使いこなせるようにしたいものです。本棚を眺めて満足しないことです。有難うございました。
PUN
2009年11月10日 06:12
高橋優太さん、11月8日のコメントを読んで、一言申し上げたいことがあります。仙台市にはサラナ・ヴィハーラというのがあります。日本テーラワーダ仏教協会の会員の方々が自主瞑想会を開いているそうです。

http://www.samgha.co.jp/meisoukai/sarana_v.html

上のアドレスに行けば詳しいことが書かれています。生きとし生けるものが幸せでありますように。
あっきん
2009年11月10日 07:56
こんばんわ。
いえ真実は朝です。
目がさめても分かっていない。
一生気がつかないで過ごしたら不幸ですね。
裸の王様はバカだと言うけど、私自身も無意識にやっていると思います。解脱した人でないと全ての真理は分からないと感じるから、人の事ではありません。
その処方箋が八正道とはなるほどです。頭だけでなく現実的な話です。
生きとし生けるものは幸せでありますように
高橋優太
2009年11月10日 16:41
皆様、こんにちは。
PUNさん、ありがとうございます。さっそくお気に入りに追加しました。今年は受験なので、あまり時間はとれないですが、来年連絡をとってみようと思います。あと来年、またゴーダミー精舎の方へ行かせていただきますので、そのときはよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
髙橋優太
2009年11月10日 16:43
PUNさんへ。
善友をつくるきっかけをありがとうございます。
2010年06月27日 21:54
偏見のフィルターをとりはらい
真実を見るのは難しいです。
欲や怒りなどの感情は
巧妙な屁理屈を作り上げるので
気をつけねばなりませんね。
まさこ
2010年07月16日 06:37

狭い世界で生きていて、知らず知らずに、裸の王様になっていたことがありました。気がついた時、愕然としてしまうことがありました。裸の王様にならないように、しっかりと自分を見つめて生きていこうと思います。
身の丈修行者
2015年07月11日 07:46
私の様な凡夫には、客観的に見る目と・相手に好かれた等と媚びなくても心が安定して自立している要素が必要かなと感じます。
特に相手に好かれたい・・と思うと視点にフィルターがかかってしまいそうです。
自立した心をもって客観的に見る事が出来るように精進したいです。

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