57.悪魔は悟った人を支配できない

ダンマパダ 第4章 花 57

道徳を守り
不放逸な生活をし
完全智で解脱した人の
道を悪魔は見えない



〇超訳の試み

道徳を守り
気づきある生活して
悟った人を
悪魔は支配できない


〇子供のためのダンマパダ

悪魔は何者か知っていますか?
悪魔は欲のある人を支配します
欲のない人は支配できません
だから、イワンの馬鹿には負けました





〇一口メモ

 道徳を守ること、これは八正道で言えば、正語、正業、正命、正精進を実践することです。不放逸な生活をすることは、八正道の正精進、正念、正定の実践です。完全智で解脱すとは、高いレベルの正見を得ることであり、そうすれば当然高いレベルの正思惟ができます。上三行は、八正道を実践して、悟りを開くことを述べています。

 悪魔とは欲の世界を支配する神です。そのため、欲のない人は支配できないのです。悟った人は欲はありませんから、悪魔は悟った人を支配できないのです。この最後の「道」は解脱した人の行動、行く末という意味ですが、現在の行動とも、未来、すなわち死後の行く末とも取れます。

 死後の行く末と取れば、次のような意味になります。「欲の世界」とは「輪廻の世界」なのです。解脱した人は欲はありませんから、輪廻の世界から脱出しているということです。悪魔は解脱した人の死後の行く末は見えない、すなわち分からないのです。

 「子供のためにのダンマパダ」では、トルストイの民話「イワンの馬鹿」の話を引用しました。お子様がこの話を知らないようでしたら、是非お子様にお話してください。お子様もきっと喜ぶと思います。


〇前回の「この詩から学ぶこと」

道徳と不放逸な生活で解脱した人輪廻はしない
http://76263383.at.webry.info/200902/article_7.html


〇パーリ(語)原文

57.
テーサン サンパンナスィーラーナン
Tesaṃ    sampannasīlānaṃ,
彼らの   実践する 戒を
アッパマーダウィハーリナン
appamādavihārinaṃ;
不放逸に 生活する
サンマダンニャー ウィムッターナン
Sammadaññā     vimuttānaṃ,
正しい完全智で   解脱した人の
マーロー マッガン ナ ウィンダティ
māro    maggaṃ  na  vindati.
悪魔は  道を   ない 分から


〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp54-63.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



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この記事へのコメント

2009年12月12日 04:30
ワンギーサさん、おはようございます。一昨日の夕方、買い物にデパートの食品に行きました。その時空腹でしたが、あちらこちらで威勢のいい店員さんの掛け声。いろいろ試食もされてます。「八戒」継続中ですが(一月経過ですが、一生と決めてます)、出来立てのシューマイなど香りが強く食欲をそそります。非時には黒砂糖で済ませてますが、「悪魔」の誘惑に状況次第で負けそうになることがあります。「俺はこれごときでくじけるほど弱くないぞ!」こんな感じで鼓舞する。こんなときに「慈悲の瞑想」をすると、異質な「心」を実感できたりします。「悪魔との戦い」。もうこれに尽きますね。相手がやったらやり返す(笑)。「悪魔のしたたかさ、執念深さ」には「敵ながらあっぱれ」などとエールを送る余裕すらございません(苦笑)。レベルの高い教えにトライしてみるのも「悪魔」との戦いでは必要だと思ってます。有難うございました。
まさこ
2010年08月18日 08:57

イワンの馬鹿ってどんな話でしたっけ?
身の丈修行者
2015年07月22日 08:09
イワンの馬鹿をインターネット検索して物語の趣旨を拝見しました。
その題名を?に思う位、智慧を感じました。
欲望の誘惑に惑わされず、精進して参りたいです。
たか坊
2016年07月19日 04:04
今回も
明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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