44.誰が輪廻の世界を支配するのだろうか?

ダンマパダ 第4章 花 44、45

誰がこの世界、死後の世界と
人間と神々の世界を支配するのだろうか?
誰がよく説かれた真理の言葉を
巧みの人が花を摘むように摘むのだろうか?

学ぶ者がこの世界、死後の世界と
人間と神々の世界を支配するだろう
学ぶ人がよく説かれた真理の言葉を
巧みの人が花を摘むように摘むだろう



〇超訳の試み

誰が輪廻の世界の法則を
知り尽くすであろうか?
誰が善く説かれたブッダの言葉を
摘み取った花のように理解するだろうか?

心を育てる者が輪廻の世界の法則を
知り尽くすであろう
心を育てる者が善く説かれたブッダの言葉を
摘み取った花のように理解するだろう


〇子供のためのダンマパダ

だれが一番大切なことを
よく分かるでしょうか?
だれがお釈迦さまの教えたことを
よく分かるでしょうか?



心を育てる人が
一番大切なことをよく分かるでしょう
心を育てる人が
お釈迦さまの教えがよく分かるでしょう





〇一口メモ

 悟らない限り、やはり何か誤解しているのです。なぜならば、誤解がなくなれば、それは悟っているということですから。ですから、悟らない限り、自分はどこか誤解していると思っていた方がいいのです。何かに気づくことがあると、自分が分かった気になることがあります。これは非常に危険なことです。以上の前書きは私が誤解しているかも知れないという前提で以下のメモを読んでもらいたいということです。幸いこの詩に関するスマナサーラ長老の説法がありますので、そちらで修正して下さい。

 さて、この詩には、「支配するだろう」という言葉が使われています。パーリ語では「ウィジェッサティ」(征服するだろう)という言葉です。支配するとか征服するというと、力で相手を自分の思うように動かすという意味ですが、知るとか、理解することが、本当に支配する、征服するということではないでしょうか。卑近な例を挙げれば、受験参考書に「数学征服問題集」とか「英語に勝つ方法」などがあったように思います。今はないですか。理解するという意味で使っているのです。

 又、古文では「知ろすめす」の意味は「1.知っていらっしゃる。おわかりでいらっしゃる。2. お治めになる。3.管理なさる。お世話なさる。」などがあり、「知る」と「治める、管理する」と同じように使ったようです。つまり、「知る」ということは「支配する」ことなどだと言いたいのです。ですから、簡単に「知る」という言葉を簡単に、軽く使っていますが、「知る」とは心の中心的な働きで、生きることの主役なのです。世界を知れば、輪廻を知れば、世界や輪廻を支配するということです。

 「子供のためのダンマパダ」について。一番大切なことを子供と一緒に考えるのは面白いと思います。すぐ結論は出さない方がいいかもしれません。ですが、子供のためのダンマパダでは、心を育てる人がよく分かると言っているのです。それはそれにしておいて下さい。私は、一番大切なことは「心を育てること」という一応の結論を持ってこの詩を作りました。ですから、心を育てる人が一番大切なことがよく分かるのです。


〇この詩に関するスマナサーラ長老の説法

「すべてを勝ち抜くためには」 ~自分の存在証明を得る方法~
http://www.j-theravada.net/howa/howa14.html

〇前回の「この詩から学ぶこと」
誰だろう死後の世界と人間界神の世界を支配するのは
http://76263383.at.webry.info/200901/article_29.html


〇パーリ語原文

44.
コー イマン パタウィン ウィジェッサティ
Ko   imaṃ  pathaviṃ  vijessati,
誰が この   大地を  征服するだろう 
ヤマローカン チャ イマン サデーワカン
yamalokañ  ca    imaṃ  sadevakaṃ;
死者の世界 と    この  神々と共なる
コー ダンマパダン   スデースィタン
Ko   dhammapadaṃ  sudesitaṃ,
誰が  真理の言葉を 善く説かれた
クサロー   プッパミワ   パチェッサティ
kusalo     pupphamiva   pacessati .
巧みな人が 花を  ように 摘むだろう

45.
セーコー パタウィン ヴィジェッサティ
Sekho    pathaviṃ  vijessati,
学ぶ人が 大地を   征服するだろう
ヤマローカン チャ イマン サデーワカン
yamalokañ   ca   imaṃ  sadevakaṃ;
死者の世界  と   この  神々と共なる
セーコー ダンマパダン   スデースィタン
Sekho    dhammapadaṃ   sudesitaṃ,
学ぶ人が 真理の言葉を   善く説かれた
クサロー   プッパミワ    パチェッサティ
kusalo     pupphamiva   pacessati.
巧みな人が 花を  ように 摘むだろう


〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp44-53.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



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この記事へのコメント

ワタナベ
2009年12月02日 23:25
ワンギーサ師、毎日ありがとうございます。
この偈を読ませて頂いて感じたことは、
とにかく自分で「精進(努力)するしかない」と言う事でした。m( )m
sekha有学と asekha無学と言う言葉も学ばせて頂きました。
髙橋優太
2009年12月02日 23:43
ワンギーサ先生、皆様、今晩は。
今、ネクステージという英語の参考書を見たら「入試英語頻出ポイント215の征服」と書いてありました。心についてしっかり知って(征服して)みるよう頑張ります。ありがとうございました。
2009年12月03日 00:26
ワンギーサさん、おはようございます。「誤解」についてのご指摘大変参考になりました!気づいたことを「分かったことにしてしまいたい」「もうこれで済ませたい」という欲望や怠け心があります。「八戒」をやってると「性欲が食欲ほど大した存在でなかった。自分が今まで思っていたほど価値あるものでなかった」と気づくときがあります。それなりに精進してるつもりですから、その結果の「気づき」はとても嬉しいものです。危険なのは、その「気づいたこと」に対して「これで欲望との戦いに勝利した」とか「そろそろ終わりだな」などと「妄想」することです。そんな「妄想」が強くなると、やがて「そうだ」と思うハメになります。これは実に危険なことです。頑張った結果、何かに「気づく」と「やった!」という心境になるのは自然なのかもしれませんが、その心境に強く「気づき」を入れてみると、様々な「欲望、怠け心」がうごめいてますね(^_^;)。有難うございました。
pun
2009年12月03日 07:22
おはようございます。今週の私のテーマは「stop!自殺」です。NHKがキャンペーンをしているからです。

3日(木)
生活ほっとモーニング(朝8:30~)
福祉ネットワーク(夜8:00~)

4日(金)
日本の、これから(夜10:00) 

自殺をなくすためにどうすればいいか考える番組が放送されます。また、自殺防止に関しても、ヴィパッサナー瞑想が切り札になるのか。スマナサーラ長老の『いじめと自殺の仏教カウンセリング』という本を手に入れて、考えるのもいいなと、思い始めたところです。
pun
2009年12月03日 07:25
『自殺と「いじめ」の仏教カウンセリング』でした。訂正いたします。
2009年12月03日 07:34
おはようございます。「放逸」に要注意ですね。何かに「気づいて」から「やった、そうかなるほど!」という場合の直後は極めて「放逸」になりやすいです。だから「妄想」して「事実化」しやすい状態。私の場合、その時、喜びが生じていたのら「喜び、喜び」と「気づき」を忘れないと「裏」に潜む違う「感情」が案外つかめやすいです。有難うございました。
まさこ
2009年12月03日 19:20
これから、「福祉ネットワーク」観てみます。
ホームヘルパーの仕事をしているのですが、難病の方や四肢麻痺の方で、「死にたい」と言う方、います。
きっと、死にたいほど辛いのでしょうね。何か、私にお手伝いできることあればと考えています。
ワタナベ
2009年12月04日 00:04
>新さん
素晴らしい「気づき」のお話とても参考になりました。
確かに何か成果があった後で心はすぐ喜び勇んでしまい、「慢心、傲慢」になってしまいがちで、そこの「慢心、傲慢」になっている自分の心にすかさずサティを入れて、「平常心を保つ、謙虚になって又修行に励む」というのは、至難の業であり、また最も大事な事のように思います。僕は出来ていませんが(^^;。
>punさん
『自殺と「いじめ」の仏教カウンセリング』の本、僕は昨日電車の中で読み返してみました。
①もともと誰でも「自殺願望」はあるというのが普通であると言う事。(非存在欲も渇愛の一つでもともとある)
②人生は何をやっても苦しいのは当たり前である。
③人生は「生き延びるための闘い」というサバイバルゲームであるetc
後半は具体的いじめに対する対処例がたくさんあります。
ほんとに良い本だと僕個人は思いました。
PUN
2009年12月04日 07:33
まさこさん、
福祉ネットワークはどうでしたか。昨日の回は自死遺族の方がテーマでしたね。うちの弟の一人も、ホームヘルパー2級の資格をもっていて、老人ホームで働いていたことがあります。弟の場合は、老人ホームを一年で辞職しましたが、大変な仕事らしいですね。
PUN
2009年12月04日 07:37
ワタナベさん、
調べたところ『自殺と「いじめ」の仏教カウンセリング』は現在、アマゾンなどのネットの本屋では在庫がない状況です。増刷されない限り、貴重な本なので大切にしてくださいね。現時点では入手困難です。後半に書かれているいじめに対する対処法がたくさんあるというので、ぜひ読んでみたいです。貴重な情報ありがとうございました。
身の丈修行者
2015年07月19日 07:46
必要な真理を知り、そして心を育てるように実践する大切さを思いました。
自分の子供に分かるように教えれる域になれるように、精進したいです。
たか坊
2016年07月03日 17:58
今回も
明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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