72.愚か者が考えると人殺しまでする

阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します

ダンマパダ 第5章 愚か者 72

愚者に知識が生じても
無益なものになるばかり
それは愚者の頭を砕き
功徳の部分を破壊する


(片山一良先生 訳)

〇超訳の試み

馬鹿な考え休みににたり
どころではない
馬鹿者が考えると
人殺しまでする


〇子供のためのダンマパダ

怒ったときに考えると
悪いことばかり考える
自分が不幸になるばかり
落ち着いたら考えよう





〇一口メモ

 「愚か者に知識が生じても、無益なものになるばかり」に留まるのであれば、まだ問題は少ないのですが、この詩に述べているように、愚者の頭を砕き、功徳の部分を破壊するとは、幸福を破壊しるというこよです。大きな例を挙げると原始力という知識と技術があります。賢い人が原子力を利用すれば、多少の危険性を伴いながらも、人間に役に立つ電力を大量に生産することができます。しかし、愚か者が利用すると超大量殺人兵器になり、すでに多くの生命を殺してしまいました。小さな例はいくらでもあります。欲のため、怒りのため、考えることは自分も人も不幸にしているのです。

 「超訳の試み」で述べたように、愚か者が考えた結果起きた事件が最近何件のありました。秋葉原無差別通り魔事件その他きりがないのです。愚か者は考えたらいけないのです。とは言っても愚か者に考えることをやめろとは言えますが、やめさせることはできません。私たちは、すくなくとも自分が愚か者といわれるような状態、すなわち欲や怒りで混乱している時は、決して考えないようにしたほうがよいのです。愚か者の状態で考えたことは、すべて悪いことです。悪いことを考えること自体が悪行為ですし、考えたことを実行に移すと最悪です。そのような時は、何もせずに、心が静まるのを待つべきです。それが一番安心なのです。


〇前回の「この詩から学ぶこと」

残念だ愚者の考え自己破壊 愚かな考え幸福壊す
http://76263383.at.webry.info/200902/article_19.html


〇パーリ(語)原文

72.
ヤーワデーワ アナッターヤ
Yāvadeva    anatthāya,
その限り    無益にために
ニャッタン バーラッサ ジャーヤティ
ñattaṃ    bālassa    jāyati;
知識が   愚者に   生じる
ハンティ バーラッサ スッカンサン
Hanti    bālassa    sukkaṃsaṃ,
害する   愚者の   幸運を   
ムッダマッサ  ウィパータヤン
muddhamassa  vipātayaṃ.
頭を 彼の   破壊している

〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp64-75.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



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この記事へのコメント

2009年12月24日 05:56
ワンギーサさん、おはようございます。そういう意味では、仏教の知識も場合によっては凶器になりかねません。「ひとつギャフンと言わせてやろうではないか」と日本の知識人の講演会に参加したりしては論戦を挑んだ時期がありました。そんな時、仏教知識で応酬すると、まず負けることはありません。そんなことで悦に入っていた時期は、まさに「バカにつける薬はない」としか形容できませんね(笑)。さすがにそれは自分でも分かり止めましたが、仏教を真面目に学んで実践したお陰です。相当生半可な仏教知識でも一流の知識人達の主張の矛盾くらいはつけました(幸い仏教を学んでいるとは言ってません)。仏教はあくまで「自分の心を治す」ための知識です。他人や社会に対しては、「友好、調和、平和」などを目的とする知識だと今では考えてます。それこそ実践すべきだと考えてます。論争のために「仏教知識」を用いるのは、「自分のためにも、相手のためにも、皆のためにもならない」ルール違反、非道徳的な破壊行為ですね。今後も油断しないようには気を付けていきます。有難うございました。
もくぎょ
2009年12月24日 20:53
皆様こんばんは。
「ダンマパダ ドラえもん中学編」です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
勉強部屋の机に向かい宿題をしている「こもくぎょ」の姉、中学1年生。そこにメガネを手に入ってくる「こもくぎょ」がいた。

姉 「・・なになに・・不浄随観メガネ?」
さっそく想いをよせる同じクラスの幸一にセットする。そこには野球の練習をおえたばかりの泥だらけ、汗だらけのユニフォーム姿の幸一が映し出された。

姉 「カッコいいーーー!!」
もく「それが本当の姿だよ・・・」

姉 「野球に打ち込む幸一、素敵~~」
もく「そうだよ、それをよく観察・・・えっえーー??」   

老師様を真似て決めようとしたこもくぎょ。しかし多感な年頃の「姉もくぎょ」には何の効果もなかったのである。手にしている「ふじよずいかんめがねメモ、ろうちちゃまより」の文字がむなしくゆれていた・・・。
もちろんフィクションです(^^;;
こころざし
2015年07月26日 11:56
家族と言い争いになる時、そのきっかけは些細な内容の事がほとんどです。言い争いにならない方が良いと分かっていながら、どんどん思考を回転させ相手に言葉をあびせてしまい、多大な時間と労力を使って家族皆が疲れる結果になります。
一旦停止して正常に考えれる状態まで待機出来るように努めたいです。
たか坊
2016年08月06日 10:05
今回も
明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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