51.52.ブッダの教えを実践すれば悟りの光が現れる

ダンマパダ 第4章 花 51、52

美しくあでやかな花でも
香りのないものがあるように
善く説かれた言葉でも
実践されなければ実を結ばない

美しくあでやかな花で
香りがあるものがあるように
善く説かれた言葉が
実践されれば実を結ぶ



〇超訳の試み

美しく咲いても
実のない花があるように
ブッダの教えも実践しなければ
悟りの光は現れない

美しく咲き
実のなる花があるように
ブッダの教えを実践すれば
悟りの光が現れる


〇子供のためのダンマパダ

美しく咲いても
実がならない花があるように
お釈迦さまの教えを聞いても
守らないと幸せにはなりません

美しく咲いて
実のなる花があるように
お釈迦さまの教えを聞いて
守ると幸せになりますよ





〇一口メモ

 インドやスリランカでは、花と言えば香りだそうです。香りのない花はあまり重要視されないようです。日本人は花と言えば桜ですが、桜の香りを楽しむというわけではありません。それよりは実がなるかどうかが重要ではないでしょうか。それは私の場合だけかもしれません。私の父親は、実のなる植物を庭に植えていました。梅、桃、イチジク(花はありません)、梨、柿(あまりきれいな花ではありません)。実がなることが重要でした。ですから、今回の詩の超訳には、実のなる花かどうかを重要視して訳してみました。

 さて、今回の詩は仏教における実践の重要性を教えるものです。実践のない仏教は仏教ではないのです。お釈迦さまは、繰り返し、実践を説いておられます。そして、実践は各自が行わなければならないのです。お釈迦さま、他の詩(ダンマパダ276番)で自分は教えることはできるだけです。その教えを実践するのは私たち自身であるのだと述べられています。仏教における実践について、前回の「この詩から学ぶこと」にも書きましたので、是非お読み下さい。

 仏教を実践して結ぶ実とは、超訳には「悟りの光」、子供のダンマパダでは、「幸福になること」としました。皆様も考えてみて下さい。


〇前回の「この詩から学ぶこと」

香りない花があるように実践のない仏教は成果をあげない
http://76263383.at.webry.info/200902/article_3.html


〇パーリ語原文

51.
ヤターピ ルチラン プッパン
Yathāpi   ruciraṃ  pupphaṃ,
如く も  光輝ある 花は
ワンナワンタン アガンダカン
vaṇṇavantaṃ   agandhakaṃ;
美しい       香りのない
エーワン スバースィター ワーチャー
Evaṃ    subhāsitā     vācā,
このように 善く説かれた 言葉は
アパラー  ホーティ アクッバトー
aphalā     hoti    akubbato.
果実がない ある   実行しない者には

52.
ヤターピ  ルチラン プッパン
Yathāpi    ruciraṃ  pupphaṃ,
如く も   光輝ある 花は
ワンナワンタン スガンダカン
vaṇṇavantaṃ   sugandhakaṃ;
美しい      よい香りのある
エーワン スバースィター ワーチャー
Evaṃ    subhāsitā     vācā,
このように 善く説かれた 言葉は
サパラー  ホーティ サクッバトー
saphalā    hoti     sakubbato.
果実のある ある   実行する者には


〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp44-53.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



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この記事へのコメント

ワタナベ
2009年12月07日 23:40
ワンギーサ師、皆様こんばんは。
>インドやスリランカでは、花と言えば香りだそうです。香りのない花はあまり重要視されないようです。
☆なるほどインド文化の一面を教えて頂きありがとうございます。
>お釈迦さま、他の詩(ダンマパダ276番)で自分は教えることはできるだけです。その教えを実践するのは私たち自身であるのだと述べられています。
☆凄い詩偈ですね。「本当の事」をおっしゃっているんですね。自分で自ら確かめて体得するしか方法がないという事ですね。出来るだけ素直な気持ちで少しづつ実践して行けたらと思いました。ありがとうございます。
あっきん
2009年12月08日 00:23
 忘年会シーズンですね。乾杯!はウーロン茶にします。五戒を知らなかった時は、お酒に対して無頓着でした。自分のできるところから一歩一歩実践していきたいと思います。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
2009年12月08日 04:56
ワンギーサさん、おはようございます。今もお釈迦様の「悟りの智慧」の光が皆を照らしてるように感じます。「幸福」については、自分だけが幸福という「ワガママ」や、自分のことはさて置きという「自己犠牲」でない、「自他共に幸福になる道」を説かれたように思います。私が幸せになることで、同時に皆が幸せになれたら最高ですね。その究極が、お釈迦様の「悟り」だと思ってます。有難うございました。
高橋優太
2009年12月08日 17:26
ワンギーサ先生、皆様、今晩は。
この詩を見るとドキっとします。自分はそれほど仏教を実践していないと思います。いつか実践しようと思っても、その「いつか」があるとは限らないので、五戒や先生方から教えてもらったことを今からしっかり守ります。ありがとうございました。生きとし生けるものが幸せでありますように。
ワタナベ
2009年12月09日 17:03
>あっきんさん。
ほんとそうですね。僕も少しずつやって行こうと思います。
釈尊も増支部経典の中で、五戒を守れなかった普通の在家の人が少しづつ戒を守って、次第に瞑想し、心が成長していく例を説いて「人と言うものはこうやって少しづつ順々に成長していく、修行していくものだよ。(一気に物事は為しえないから少しづつやって行くものと言う事)」とアーナンダ尊者に語りかける一説があります。(僕の覚えているおおよその概略ですが。(^^;)
まさこ
2010年08月14日 06:25

私も、少しずつ頑張ります。人の悪口を言わない、嘘をつかない、自分では守ろうと思いつつ、気がつくと口から出ているときがあります。気をつけます。
身の丈修行者
2015年07月21日 07:29
自分なりに
①ヴィパッサナー冥想
②スマナサーラ長老とその関連の方が教えて下さる方を学ぶ
③可能な限り善行為をする
を実践して参ります。
ご縁・流れがあれば人の事も多少関わらせて頂くのもあると思いますが、基本は自分自身の実践に成ると自覚しています。精進して参ります。
たか坊
2016年07月12日 23:42
今回も
明るく楽しく学べたコトを、嬉しく思います♪

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