97.盲信せずに、涅槃を知り、輪廻の絆を断ち切った人

ダンマパダ 第7 阿羅漢の章 97

ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマー サンブダッサ
阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します


無信にして、無作を知り
また絆を断ち切って
機会を破り、欲を吐いた人
かれこそ実に最上人なり


(片山一良先生 訳)


〇超訳の試み

盲信せずに、涅槃を知り
輪廻の絆を断ち切った人
迷いの機会を断ち、欲を捨てた人
彼こそ実に最上人、阿羅漢だ


〇子供のためのダンマパダ

盲信ってわかるかな
自分で理解しないで信じること
ハンドルとブレーキのない
車にのるようなものだよ





〇一口メモ

 この詩ができた言われの物語は、前回の「この詩から学ぶこと」にその要旨を書きました。詳しくは片山一良先生の「ダンマパダ 全詩解説」あるいは北嶋泰観先生の「パーリ語仏典ダンマパダ」をお読み下さい。それによりますと、サーリプッタ長老は仏陀の言葉を盲信したのではなく、仏陀の言葉の通り、実践して、涅槃を知ったのであると述べられています。

 スマナサーラ長老が「仏教は宗教ではない」と度々言われるゆえんはこの点にあります。宗教は信仰、盲信で成り立っているからです。仏教は真理ですから、盲信、いわゆる信仰は必要ないばかりか、それは仏教をゆがめてしまうのです。仏教は学び、理解し、実践し、確信するものだからです。

 片山先生の訳語、「無信にして」は「盲信しないで」、「無作を知り」は「涅槃を知り」という意味です。「絆を断ち切って」とは私たちを輪廻の世界に結びつけている煩悩を断ち切って、解脱することです。「機会を破り」とは善悪や迷いの機会を断ち、「欲を吐いた」とは欲望をなくしたということです。そのような人は最上の人、阿羅漢なのだというのです。

 「子供のためのダンマパダ」では、盲信することの危険性を歌いました。大人も必要なことですが、子供も言われたから、それを信じるというのではなく、自分で調べ、自分で考え、自分で理解するという態度が大切でありことを、機会あるごとに教えたいものです。時折、為政者は考えない、盲信する国民を作ろうとする傾向がありますから、注意が必要なのです。


〇前回の「この詩から学ぶこと」

最上人盲信せずに無為を知り法に従い欲捨てにけり
http://76263383.at.webry.info/200903/article_13.html


〇パーリ(語)原文

97.
アッサッドー アカタンニュー    チャ
Assaddho    akataññū        ca,
信のない  無為(涅槃)を知った  又
サンディッチェードー チャ ヨー ナロー
sandhicchedo       ca   yo   naro;
輪廻の絆を断ち切る  又 所の  人は
ハターワカーソー ワンターソー
Hatāvakāso      vantāso,
機会を失い     欲を吐いた
サ   ウェー ウッタマポーリソー
sa    ve    uttamaporiso.
彼は 実に   最上の人


〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp87-99.pdf


〇慈悲の瞑想

~私は幸せでありますように~
~私の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の願いごとが叶えられますように~
~私に悟りの光が現れますように~
~私は幸せでありますように(三回)~

~私の親しい人々が幸せでありますように~
~私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の親しい人々の願いごとが叶えられますように~
~私の親しい人々にも悟りの光が現れますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように(三回)~

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

~私の嫌いな人々も幸せでありますように~
~私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように~
~私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように~

~私を嫌っている人々も幸せでありますように~
~私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように~
~私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように~


~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

(この慈悲の瞑想を唱える人には必ず幸せが訪れます。)


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この記事へのコメント

あっきん
2010年01月16日 23:24
前回ワンギーサさんの私宛のコメント「それによる疲れとかストレスはうまれません。逆にエネルギーをもらえます。」は盲信すると言うより、狐につままれた話でした。結果を見ると確かに的中してます。これは病人に感謝しなければと心が変化したのでした。
ありがとうございました。
名古屋人
2010年01月16日 23:39
通常、理解して実践し、その結果によって信を得るという順で良いと思います。ただ、頭の切れる極めて優秀なひとの中には、理解だけで実践をとばして涅槃を得たひともいたのではないのかと思わせるような偈(「無信にして、無作を知り」ですから)ですが。
理論が先か、実践が先か、などと言い出すと、それもまた不毛な観念論になってしまいますので、理論→実践→理論又は、実践→理論→実践と淡々と進んでいけばよいと思います。
ちなみに、文化大革命の頃の中国では、「理論」は置いといて実践あるのみと、「実践→実践→実践」が奨励されて、結果的に失敗したわけです。他山の石としたいものです。
2010年01月17日 05:05
ワンギーサさん、おはようございます。「釈尊の言葉さえ鵜呑みにするなかれ」。この言葉、自ら確かめて確信することの象徴のようですね。ところで、世界中に様々な教えや実践方法があります。「人生で失敗しない秘訣」「成功に導く法則」といった類の本も沢山売られています。単に「宗教でない」ということなら、これらも該当するので、何故仏教なのか?が問題となります。理解し実践で確かめることが可能だからです。そうであるからこそ、そうした教えも人気があるのでしょう。「煩悩」を減らすという目的で書かれたものもあるので、選択に困ることもあるかと思います。私の知ってる限り、仏教との決定的違いは「曖昧さ」です。ダンマパダも非常に「断言的に」語ってます。他の教えは試行錯誤の余地を残ってるように思えます。また断言的であっても、根拠に乏しかったりするように思います。どこか頼りないのです。この「大胆さ、優柔不断の無さ」が、仏教を選択してる大きな要因です。「神」という実証不可能な概念を持ち出せばとても大胆に語れますが、論理的に破綻しているように考えてます。後は自ら仏教を実証するだけです。有難うございました。
ワンギーサ
2010年01月17日 17:00
あっきんさん、名古屋人さん、新さん、コメントありがとうございます。

あっきんさんへ。ポイントは「自分を無にしてそれに応える」所にあるのです。自分を無にすると大きな力を発揮できるのです。私もそのような経験があります。

名古屋人さんへ。この詩の言いたいことは「盲信せずに、理解して実践するということだと思いますが、見方を変えれば、理論と実践の問題かもしれませんね。

新さんへ。このブログは「仏教ランキング」に属しているのですが、「仏教ランキング」は自動的に「哲学・思想ランキング」に属すようになっています。現在このブログは仏教ランキングでは一位ですが、哲学・思想ランキングでは十一位です。一つ上の十位はキリスト教系の「主とともにあゆむー高原剛一郎」というブログがあります。その今日1月17日の記事のテーマは「理解に先立つ信仰」というものでした。考えすぎかもしれませんが、高原さんという方が今回のダンマパダのテーマを意識して書かれたのかと思いましたが、それはどうでもよく、仏教とキリスト教では全然逆の立場だと改めて思いました。どちらを選択するかは各自の問題です。

こころざし
2015年08月07日 07:41
私事ですが、職場にやや心を病んだ人がいました。その方がスピチュリアルカウンセラーに行って前向きになりました!と連絡をくれました。占いとか霊的とかそのようなもので前向きになったそうです。
そのような根拠が不明なものを信じる事は、ファンタジーの世界に入るような形になりかねないと心配に思いました。ディズニーランドで悩みは全て解決する・・訳ではなく一時的にファンタジーに入って日常の問題から離れるだけ?のような印象を感じます。そしてまた日常で問題の壁に当たった時に、またスピチュリアルカウンセラーを頼るとしたらもう依存でしょうか。その指摘をさせて頂きましたが、その後の反応は分かりません。幸いでありますようにと心より願います。
たか坊
2016年10月25日 23:38
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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