110.道徳を守り瞑想をして一日生きる方が優っている

ダンマパダ 第8 千の章 110

ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマー サンブダッサ
阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します


戒を欠いて、静まらず
百年生きながらえるより
戒をそなえて、禅を行い
一日生きる方がまさる


(片山一良先生 訳)


○超訳の試み

道徳を守らず、落ち着きなく
百年生きるよりも
道徳を守り、瞑想をして
一日生きる方が優っている


○子供のためのダンマパダ

道徳守って安心満足して一日生きるのと
不道徳で不安不満で百年生きるのと
どちらが幸せな生き方でしょうか?
私は前者だと思いますね





○一口メモ

 仏教の生き方・修行方法の基本は八正道です。八正道については既に何回も述べましたので、ブログ内検索で調べれば、その意味はわかると思います。この八正道を「戒、定、慧」の三つにまとめることもできます。戒とは正語、正業、正命であり、定は正念、正定であり、慧は正見、正思惟に相当すると考えられます。正精進は、「戒、定、慧」の実践すべてに必要なことです。

 今回の110番の詩は、戒と定について語られたものですが、戒と定を実践すると自ずから慧が現れ、慧の実践につながるのです。また、先回りして述べれば、111番の詩は定と慧について、112番は精進について述べられています。精進とは「 戒、定、慧」の実践に精進することなのです。

 さて、戒を守らないとは、道徳を守らないということですが、このような人の心はどうでしょうか。一時的には得をしたように、思うこともあるでしょうが、どこかで良心の呵責により、安心はできず、不安、不満なものです。しかも、道徳を守らない人は、周りの人々から嫌われます。嫌われる人は幸せではないのです。不幸な人生を百年続けるというのは、この世で地獄のような人生を百年送ることになるのです。

 一方、道徳を守って生きると、心にはどこにもやましいことがなく、安心感と満足感を感じるものなのです。そのような人は周りの人々からも愛され、心は平安で落ち着いているのです。そのような人の一日は充実していて、幸福なのです。たぶん毎日何も思い残すことはないのではないかと思います。そのような人と、不幸な地獄のような人生を百年続ける人とどちらが優っているかの答えは決まっています。


○スマナサーラ長老のこの詩に関する説法

「死ぬのは怖い?」 ~生きるだけが能じゃない~
http://www.j-theravada.net/howa/howa40.html


○前回の「この詩から学ぶこと」

道徳を守らず百年生きるより道徳守って一日生きよ
http://76263383.at.webry.info/200903/article_20.html


○パーリ語原文

110.
ヨー チャ ワッササタン ジーウェー
Yo   ca   vassasataṃ   jīve,
人が 又  百年間     生きる
ドゥッスィーロー アサマーヒトー
dussīlo        asamāhito;
戒を守らず    心の統一なく
エーカーハン ジーウィタン セッヨー
Ekāhaṃ      jīvitaṃ     seyyo,
一日の      命が     より優れている
スィーラワンタッサ ジャーイノー
sīlavantassa      jhāyino.
戒を守り       禅定のある人の

○詩のパーリ語について。100番からは正田大観先生を中心に行われました関西のダンマパダ輪読会の時の御自分のノートを参考にして、木岡治美様がわざわざ書き下ろしたものを私に送って下さいました。それを参考にさせて頂いております。関係者のみなさま大変ありがとうございます。尚、このまとめは現在ネット上にはアップされておりません。広く皆様にも活用できますように、ネット上に掲載して頂けるようにお願いしております。


〇慈悲の瞑想

~私は幸せでありますように~
~私の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の願いごとが叶えられますように~
~私に悟りの光が現れますように~
~私は幸せでありますように(三回)~

~私の親しい人々が幸せでありますように~
~私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の親しい人々の願いごとが叶えられますように~
~私の親しい人々にも悟りの光が現れますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように(三回)~

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

~私の嫌いな人々も幸せでありますように~
~私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように~
~私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように~

~私を嫌っている人々も幸せでありますように~
~私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように~
~私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように~

~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~


(この慈悲の瞑想を唱える人には必ず幸せが訪れます。)


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この記事へのコメント

2010年01月26日 00:43
ワンギーサさん、おはようございます。「陰口、悪口、噂話、無駄話はしない」ことに頑張ってます。確かに、落ち着いてきます。少し前から「情報化社会」などと言われてますが、落ち着きのない要因のひとつに「情報の氾濫」があると思います。情報に振り回されてしまう生き方。マスメディアはじめ、著書、雑誌、ブログその他途方もない量の情報とアクセス可能な時代になりました。そんな中、「○○メディアのウソを見抜く方法」といった類の本をいろいろ読んだりしましたが、あまりしっくりきませんでした。それらも情報のひとつだからです。ところが驚いたことに、八正道の「正語」を頑張るのが最も効果的だったのです!「噂話」するのが習慣だと、「何がホントのことか?」という感覚が麻痺してきます。そういう「思考」でもって多数の情報に当たっても、ただ振り回されるだけです。しかし「自分の言葉に注意する」ことで、様々な情報をカットしたり流したりする「思考」が徐々に出来てきました。自然と情報を管理出来るようになってきました。だからその点に関してはかなり落ち着けてます。改めて、ブッダの説かれた「八正道」の凄さを実感してます。有難うございました。
あっきん
2010年01月26日 09:53
おはようございます。
怒りんぼうの人は無知ですか。なるほどです。
それ以外に、真剣に怒るとかなり疲れませんか?
笑っている心軽やかですよね。(#^.^#)スマイル~
これはエネルギーの無駄使いです。エコ対策として、一役かいましょう。生きている間、善い事にエネルギーをそそぐと自分にも環境にも良いとなります。
皆さん資源を大切に。その為には智慧もいりますね。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
ワンギーサ
2010年01月26日 17:39
新さん、あっきんさん、こんばんは。

新さんへ。
私も八正道の凄さをいろいろ実感しています。八正道ですべてうまくいきます。

あっきんさんへ。
明日のというか、次の記事は智慧についてです。また御意見を書いてください。
たか坊
2016年11月06日 02:34
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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