116.善を急がなければ心は悪を楽しむ

ダンマパダ 第9 悪の章 116

ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマー サンブダッサ
阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します


善事に対して急ぐべし
心を悪から遠ざけよ
善を緩(ゆる)くするならば
心が悪を楽しむゆえに


(片山一良先生 訳)


○超訳の試み

善は急げ
悪から心を守れ
善を急がなければ
心は悪を楽しむ


○子供のためのダンマパダ

グズはなぜいけないか?
打てば響く太鼓のように
善いことはすぐにやること
君たちできるかな





○一口メモ

 今日の116番から章が変わって「第9 悪の章」になります。

 前回の「この詩から学ぶこと」では、「なぜ心は善を急がなければ悪を楽しむのでしょうか?」という問題を皆さんに考えてもらいました。皆さんはまじめに答えて下さいました。興味のある方は、まず自分で考えて、皆さんの答えを前回の記事のコメントでお読み下さい。

 スマナサーラ長老の説法には、この詩のできた由来の物語と、この問題の正解があります。スマナサーラ長老は次のように述べています。「心の本来の衝動は、貪瞋痴なのです。あるいは無明です。人の生命の本能が貪瞋痴なのですから善いことをしたがらないのは当然のことです。勇気がなければ、智慧がなければ、善いことを実行できません。」

 心の衝動が貪瞋痴すなわち欲と怒りと誤解に基づくもの、これは悪いことなのです。ですから、善いことをしようと思った時、すぐやらないと、悪い行為に負けてしまいます。悪いことは、習慣になっているのです。習慣になっている行為は行なうのが楽なのです。楽な行為を人間は選択するのです。楽な行為の方が楽しめるのです。幸福になりたければ、この詩の述べる通り、善は急いで、行う必要があるのです。


○スマナサーラ長老のこの詩に関する説法

「悪は、心の趣味です」 ~勇者のみ善を行う ~
http://www.j-theravada.net/howa/howa44.html

○前回の「この詩から学ぶこと」

善いことは直ぐにやること今すぐに急がなければ悪がのさばる
http://76263383.at.webry.info/200903/article_22.html


○パーリ語原文

116.
アビッタレタ  カルヤーネー
Abhittharetha  kalyāṇe,
急ぐように    善を
パーパー チッタン ニワーライェー
pāpā     cittaṃ   nivāraye;
悪から   心を   守るように
ダンダン ヒ    カロートー プンニャン
Dandhañ hi     karoto    puññaṃ,
緩慢に なぜなら 行う者の   善を  
パーパスミン ラマティー マノー
pāpasmiṃ    ramatī    mano.
悪において   喜ぶ   意(心)は


○詩のパーリ語について。100番からは正田大観先生を中心に行われました関西のダンマパダ輪読会の時の御自分のノートを参考にして、木岡治美様がわざわざ書き下ろしたものを私に送って下さいました。それを参考にさせて頂いております。


〇慈悲の瞑想

~私は幸せでありますように~
~私の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の願いごとが叶えられますように~
~私に悟りの光が現れますように~
~私は幸せでありますように(三回)~

~私の親しい人々が幸せでありますように~
~私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の親しい人々の願いごとが叶えられますように~
~私の親しい人々にも悟りの光が現れますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように(三回)~

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

~私の嫌いな人々も幸せでありますように~
~私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように~
~私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように~

~私を嫌っている人々も幸せでありますように~
~私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように~
~私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように~

~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~


(この慈悲の瞑想を唱える人には必ず幸せが訪れます。)


◎お願い:今回の詩に共感された方は、ページ右上の『仏教』をクリックをお願いします。そうすると、仏教ランキングのランクが上がります。ランクが上がると多くの人の目に留まりやすくなり、ダンマパダの認知度が高まるからです。

この記事へのコメント

2010年01月30日 04:32
ワンギーサさん、おはようございます。では「なぜ、人の生命の本能が貪瞋痴なのでしょうか?」「なぜそう断言できるのでしょうか?」。私の記憶によれば、スマナサーラ長老はある講演会で「私たちがバカ(無知)という決定的な証拠があります。それは生まれてきたことです。」ということを話されたことがあります。これは「輪廻」のことだと考えてますが、スマナサーラ長老の言われる「証拠」が本当に妥当であるか否かは、いまだに不明で継続審議中です。これは「正解」しかダメです。国会のように結論の出ないことをウダウダ審議しても意味がありません。様々な「答え」があったら「真理」ではないからです。なぜ、このような問題提起したかと言えば、「演繹」で導くことは真理の基準にならないからです。例えば「性悪説的な説」を疑いのない「前提」としても、同じような結論が導かれます。今現在私に理解できるのは「欲、怒り、誤解」に基づく行為は「不幸」を招くというところまでです。だからそうならない努力を怠らないことです。それだけでも大変なことです(^_^;)。有難うございました。
慈悲と智慧
2010年01月30日 13:48
昨日少し風邪ぎみだったのか少し体調悪かったのですが、途端に心を取り締まる作業が疎かになってしまいました。あと、仕事や勉強で体がくたくたに疲れている時も、念をいれたり、慈悲の瞑想をするのが、凄く億劫になってしまったりします。体調があまり良くない時に心を上手く取り締まるためにはどうしたら良いのでしょうか?
ワンギーサ
2010年01月30日 17:56
慈悲と智慧さん。
風邪ぎみの時は、まず風邪を治すことです。そのためには体を暖かくして早く寝ることです。
仕事や勉強でくたくたに疲れた時も、あまり無理をせず、短い慈悲の瞑想をして、早く寝て、翌日早く起きて、仕事や勉強にはげんで下さい。
 体調が悪い原因が心の怠けからきているかどうか、判断することが大切です。怠けの場合は瞑想で、怠けを克服し、本当に体が疲れているようならば、休むことです。
怠けの場合は、背骨を伸ばし、短時間でも、しっかり瞑想することです。
ワンギーサ
2010年01月30日 18:15
 新さん、今晩は。今日はウポーサタで八王子の正山時と禅東寺に行ってきました。
 新さんの問題意識の「なぜ、人の生命の本能が貪瞋痴なのでしょうか?」後半の「なぜそう断言できるのでしょうか?」はその事実を確認したからではないでしょうか。
 前半の問題は、なぜの疑問も大切ですが、事実の確認がその前に必要です。自分がその通りだと本当に思っているか怪しいのです。あえて言えば、そう思ってないから、なぜ断言できるのかという疑問がでるのではないですか。ちょっと挑発的過ぎるコメントでした。あまり気にせずに、軽く流してください。
慈悲と智慧
2010年01月30日 19:34
アドバイスありがとうございました。
怠けかどうかは一つのポイントですね。
また何かありましたら質問させて頂きます。
生きとし生けるものが幸せでありますように
2010年01月30日 19:53
ワンギーサさん、今晩は。本日はお疲れ様でした。簡単に言うと「無明と渇愛によって輪廻転生する。と実感として分かるには実際に解脱すればいいんじゃないか。と。怒りはよくないと実感として分かるには、実際(生活の中で)に怒らないでいるのが一番のように。しかし、現状解脱できてないから、その意味では不明。その不明を自明にしよう」という意味です。かなり背伸びしてしまいましたね(^_^;)。有難うございました。
おんがえし
2010年01月31日 14:21
 将棋というゲームがあります。あのゲームに勝つために、死に物狂いで知識を詰め込む方もいらっしゃると思います。
 しかし、知識を詰め込んだプロ棋士の間でも、その実力には明らかな差があると思います。
 それはどこにあるのでしょうか?
 私は、他人より多く不注意に気づくことができるというところにあるのではないかと思っています。
 次の一手に、他人は不注意で気づかないのに気づく、そういうところにあるのではないかと思っています。
 ところで、将棋というのは、駒の動かし方とかルールそのものは極めて簡単なものですから、もし気づきが完璧でおよそ不注意ということが皆無ということになれば、次の一手で予測できない手はなく、負けることはないということになると思います。
 これはあくまで喩えですが、知識ではなく、気づきの力を高め、智慧を得ることこそが重要と私は思うのです。
 
こころざし
2015年08月12日 17:32
貪瞋痴は容易にやりやすいですが、不貪・不瞋・不痴は気をつけないと出来ない印象を感じます。
善の方は実行に勇気が必要で、悪の方は容易な印象も受けます。
善を怠らずに実行出来るように努めたいです。
たか坊
2016年11月16日 19:45
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

この記事へのトラックバック