84. 法に反して、自分の成功を望まない

ダンマパダ 第6 賢者の章 84


阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します


〇スマナサーラ長老の説法に基づくワンギーサ訳

自分のためにも、他人のためにも、
子供も、財産も、権力も
法に反して、自分の成功を望まない
彼は戒と智慧と真理を備える者となるだろう



〇片山一良先生訳

自分のためにも、他人のためにも
子も、財も、国も望まず
不法に自己の繁栄を望まない
かれこそ戒・慧・法の者なり


〇子供のためのダンマパダ

将来、君はお金持ちになることや
子供がたくさんの家族の望むならば
大切なことは道徳を守って行うこと
君は智慧のある立派な人格者になれますよ





〇一口メモ

 今回はあえて片山先生の訳でなく、私の訳を先行させていただきます。

 片山先生の訳では、二行目の終わりが「望まず」になっていますので、次の「不法に」に続くようのも理解できますが、二行目に句読点を打つと重大な誤解を招きます。仏教の大権威で、大学者の中村元先生の訳を引き、その誤解される点を指摘するのは恐れ多いことではありますが、世間に仏教が誤解されないために、お許し頂きたいと思います。

 中村元博士訳 ダンマパダ84番

自分のためにも、他人のためにも子を望んではならぬ。
財をも国をも望んではならぬ。
邪なしかたによって自己の繁栄を願ってはならぬ。
(道にかなった)行ないあり、明らかな智慧あり、真理にしたがっておれ。

 この訳の一行目、二行目だけを読むと、仏教は子も財も国も望んでならぬということであり、反社会的な主張になり、智慧のある人々にも受け入られないものになってしまいます。この詩の眼目は、「法に反して」であり、中村博士の訳では「邪なしかたによって」ということにあります。先日、私はある婦人から「避妊をした方が良いのか」と質問を受けました。あまりに今回の詩の掲載とあまりにタイミングが合いすぎていますが、事実です。このような誤解はこの詩の訳に原因があるのかと思います。

 以下2008年9月28日の記事を再掲載いたします。

 「今回は本来ならばダンマパダ311番の詩について書く筈でありましたが、昨日9月27日ゴータミー精舎において、スマナサーラ長老のダンマパダ84番につ いての説法がありました。その解説は釈尊が意図した通りの内容だと思いました。しかし、現在私が知る限りのその日本訳では、その意図は伝わりません。そこ で、その正しい訳をなるべく早く知ることのできる人には伝えたいと思い、番外編として、本日はダンマパダ84番の詩を掲載することにしました。

 さて、上の詩で『他人のためにも』の他人は家族のことを意味します。子供を望むことは家族の繁栄を望むことであり、財産を望むことは家族が豊かに生活 するために必要なことであり、当然のことであります。また、『権力』はパーリ語の直訳では『国』という意味ですが、内容的に意訳したものです。権力は立派 な仕事や大きな仕事をする場合必要になるのです。ですから、子供、財産、権力を望むことは自然なことであり否定されるべきことではないのです。釈尊はこの 詩でも否定されていません。

 しかし、この詩の多くの日本訳は『子供を望んではならぬ。財も国も望んではならぬ。』としています。これだけ取り上げると釈尊は反社会的なことを言って いるように取られます。釈尊は自然の欲求を否定せずに、『法に反して、自分の成功を望まない』と仰っていられるのです。ですから、法に反しなければ、自分 の成功を望んでもいいのです。むしろ、自分の能力を発揮し、智慧を出し、自分の成功を実現することを進めておられるのです。

 釈尊は私たちに特別なことを勧めているわけではないのです。あたり前の日常生活において、法に反して、行動しないことを重要視しているのです。法すなわ ち法則から外れる行為をしないこと、これは、昨日スマナサーラ長老は八正道の実践だと仰っていました。ですから、『法に反して、自分の成功を望まない』は 『八正道を実践しながら、自分の成功のための仕事をすること』です。

 このためには、自分の行動に常に注意を向け、自分を管理して、自分の人格を向上させなけれならないでしょう。実生活では難しい問題にも遭遇するでしょう から、智慧も働かせなけれならないでしょう。結果として、これを実践した人は『戒と智慧と真理を備える者』となるでしょう。つまりこれは悟った人になると いうことです。

 釈尊は完全に、この詩一つで、凡夫が阿羅漢になるまでの道を示しました。
 スマナサーラ長老は私たち日本人に仏陀の意図を正しく伝えてくれました。

 サードゥ、サードゥ、サードゥ。(ありがたい、ありがたい、ありがたい。)」以上です。


〇この詩に関する以前の記事

2008年9月28日
子供、財産、権力などを 法に反して望まない
http://76263383.at.webry.info/200809/article_28.html

2009年3月2日
仏教徒法に反して望まない子供と財産権力などを
http://76263383.at.webry.info/200903/article_2.html


〇パーリ(語)原文

84.
ナ アッタヘートゥ ナ  パラッサ  ヘートゥ
Na  attahetu     na   parassa   hetu,
なく 自分のため  なく  他人の  ため
ナ  プッタミッチェー ナ ダナン  ナ  ラッタン
na   puttamicche    na  dhanaṃ  na  raṭṭhaṃ;
ない 子供を欲し   ない 財産を ない 国を
ナ  イッチェッヤ アダッメーナ サミッディマッタノー  
Na   iccheyya   adhammena   samiddhimattano,
ない  欲し    法に反して   成功を  自分の
サ  シーラワー パンニャワー ダンミコー  スィヤー
sa   sīlavā     paññavā     dhammiko  siyā.
彼は 戒を守る  智慧のある  法に従う者 あるだろう

〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp76-86.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



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■最寄駅 東京メトロ後楽園駅 4bまたは5番出口 徒歩3分/都営地下鉄春日駅(連絡通路)徒歩3分
■参加費 無料(ご喜捨)※予約は必要ありません
■主催・問合せ 日本テーラワーダ仏教協会
Tel: 03-5738-5526 Mail: info@j-theravada.net

この記事へのコメント

CyberBaba
2010年01月07日 00:17
こんばんは

僭越ではございますが、超訳の解釈は誤りで、中村元、片山一良の両氏の訳で正しいと思います。なぜなら賢者とは主として僧を指しているはずだからです。「賢者たる僧は子供、財産、権力などを望まない」という意味で良いと思います。また僧が望まないなら、在家の賢者もやはり子供、財産、権力などを望まないのではないでしょうか?

失礼いたしました。
kumetsu
2010年01月07日 02:51
ワンギーサ先生
本ブログをいつも拝見し、勉強させて頂いております。今年も宜しくお願い申し上げます。
さて、この84番の句は、世間的な観点からみれば、「法」(すなわち、戒律や正しい道徳・自然法則)に反して子供や財産(いわば世間的な幸せ)を望んではならない、という意味であるとの解釈は確かに説得力のある妥当な解釈だと思います。
ただし、観点を変えて、一切の欲・渇愛を断ち切って五蘊苦を滅尽し、涅槃を証悟するという出世間的な四聖諦の見地からすれば、「(出世間的)法」に従って子供や財産に対する欲を保持するということ自体が矛盾であり、これは文字通り「子も財も望んではならない」という意味であって、「自己=エゴ(五蘊苦)の繁栄を望むこと」自体が「(出世間的)法に反する」という理解もありうるのではないでしょうか。
仏陀は出世間的見地から法を説かれる場合、世間的な常識的見方からすれば到底理解し難い説示をなさることもあると思われます。例えば、根本法門経では「歓びは苦の根本である」と説かれていたと思います。「無常・苦・無我・不浄」の四転倒も然りです。
本句についても、世間的な意味と出世間的な意味の両方の解釈が成り立つと考えることはできないでしょうか。
2010年01月07日 04:08
ワンギーサさん、おはようございます。何度も読み返してしまいましたが、もっとも多くの人に伝わって欲しい詩だと思いました。私は幼い頃、人一倍ワガママ勝手な割には「賢人とは、偉人とは?」に興味を示す、小生意気なガキでした。そんな下地があったせいか「人の道(道徳的な生き方)を選択するか、あるいは出世街道を選ぶか?」ある時期真剣に悩んだことがあります。哲学書を読んでも「答え」は見つかりませんでした。そもそも「答えのない問題」です。このような二者択一の問題設定自体が間違ってます。以上は個人的なことですが、「金儲けなら悪知恵を磨かなきゃ。政治家は悪党じゃなきゃ務まらない」と言う人も少なくありません。それが妙に説得力を持ってしまう現状もあるようですね。有能で真面目で立派な人物が初当選してます。おかしな見解に惑わされず、この偈を拠にして立派な仕事をして欲しいと願っております。そのように「少年よ大志を抱け」。有難うございました。
ワンギーサ
2010年01月07日 08:56
Cyber Babaさん、おはようございます。
 面白くなってきました。なぜならば、仏教をかなり学んでいると思われるCyber Babaさんですら、コメントのように仏教を考えていることが明らかになったからです。その意味では仏教は誤解されているとの印象を改めて持ちました。
 仏教は勝利者の道が説かれています。世間でも出世間でも法に従って成功する道を説いているのです。法に反して、成功しようなどという負け犬の道ではありません。しかし、法に従って成功するためには智慧が必要です。愚か者にはできないことです。
 もう一歩踏み込んで考えると、仏教は涅槃への道を説いているのですから、その過程でいわゆる世俗の成功たとえば子供、財産、権力などを得ることは全然問題ないのです。それらを望まないのが目的ではありません。涅槃への修行の過程で人格が向上し、智慧を開発した人は当然世間での仕事など当然成功するでしょう。ブッダの時代には、アナータピンディカ長者という在家第一といわれた大富豪がおられました。彼などは法に従って成功した有名な例で経典にも随所に記載されております。
 また、今回のコメント欄に「新」さんがコメントされております。彼は「人の道(道徳的な生き方を選択するか、あるいは出世街道を選ぶか?」という二者択一の問題設定が間違っていると述べています。その意見も非常に参考になりますのでお読み下さい。
 コメントありがとうございました。
ワンギーサ
2010年01月07日 09:25
kumetsuさん、おはようございます。
 kumetsuさんのご意見に対して、CyberBabaさんの質問の応えとして私が書いたコメントをお読み下さい。今回の詩の眼目は「法に反して、子供や財産や権力を望んではならない」ということであって、単に子供や財産や権力を望んではならないと言っているわけではないということです。また修行の結果として、ついてくる子供や財産や権力を否定しているわけでもありません。「新」さんのコメントも参考にしてください。コメントありがとうございました。
ワンギーサ
2010年01月07日 09:35
新さん、おはようございます。
 「二者択一の問題設定自体が間違ってます。」という指摘は適切です。二者択一的な発想から一歩進めて考えると智慧が生まれます。ですから、はじめは二者択一で悩む必要があるのかもしれません。新さんの意見を二人のコメントされた方の応えに使用させて頂きました。ありがとうございます。
1951男
2010年01月07日 10:34
ワンギーサさま
重要な誤解を解くために、明確なご指導をいただき感謝申し上げます。
生命あるもののあり方として「四無量心」の教えがありますのでそれに従えば自然と正しい読み方ができると思います。
ワンギーサ
2010年01月07日 10:51
1951男さん。コメントありがとうございます。
「四無量心」の考え方、その通りだと思います。
「困った時はダンマパダ」はより具体的には、「困った時は四無量心」ですべて解決するように思います。
桃太郎
2010年01月07日 16:57
管理人さんへ

こんにちは。大変良いブログですね。
管理人さんも、いろいろ工夫していると思いますが、水色の地に白い文字では、読む方としては大変読みにくいです。年寄りならなおそうです。目がチカチカしてきます。改善をお願いいたします。

※ご参考になれば
本名:人の心は「色」で動く
著:小山雅明
発行所:三笠書房
価格:657円
ワンギーサ
2010年01月07日 17:49
桃太郎さん、御指摘大変ありがとうございました。私も少し気にしてはいたのですが、桃太郎さんのご指摘で決心しました。今、このデザインのブログはすべて変更いたしました。まだ、読みやすいとは言えませんが、少しよくなったと思います。今後もお気づきになったことがありましたら、どんどん御指摘をお願いいたします。
 また、教えていただいた御本は探して、読んでみます。ありがとうございました。
こころざし
2015年07月30日 10:01
本文を拝見し、訳された日本語をみて自分がする解釈の怖さを感じました。お釈迦様の真意から教えて下さるワンギーサ長老の厚意を、心より感謝致します。
日常の中でまずは道徳を守り、そして智慧をつけれるように精進したいです。
たか坊
2016年08月25日 19:26
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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