135.老いと死とは追い立てる

ダンマパダ 第10 暴力の章 135

ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ
Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa
阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します

牛飼い人が鞭により
牛を牧場に追うように
老いと死とは追い立てる
生きとし生けるものの命を



○超訳の試み

刻、刻、刻と
変化が人を
駆り立てる
老いと死とへ


○青年のためのダンマパダ

夢が破れた君よ
夢は君とともに
いつでも変わる
嘆くことはない





○一口メモ

 この詩は、「人間は生まれると、すぐ年を取り、死を迎えるようになる。」だから、ぼやぼやせずに、希望や目標に向かって努力しなさいと教えているようにも思えます。しかし、釈尊の教えはいつもそのような通俗的な教訓以上のものです。釈尊はいつでも、無常、苦、無我という真理を教えています。その真理の理解により、私たちを涅槃へと導くものなのです。

 ですから、この詩も今この命が刻々と変化している現実をしっかりと把握するようにように教えているのです。今回は「子供のためのダンマパダ」を「青年のためのダンマパダ」にしてみました。そして、スマナサーラ長老の説法を参考に上のように作ってみました。無常、苦、無我という真理は青年のみならず、人々を励ますものなのです。この真理を理解できれば、こだわりがなくなり、悩みや苦しみから解放されます。


○スマナサーラ長老のこの詩に関する説法

目的に向って一心にチャレンジ? ~失望しても、幸福は確保できる~
http://www.j-theravada.net/howa/howa56.html


○前回の「この詩から学ぶこと」

牛飼いが駆り立てるように老いと死が生きものたちを死へと追いやる
http://76263383.at.webry.info/200904/article_4.html



○パーリ語原文

135.
ヤター ダンデーナ ゴパーロー
Yathā   daṇḍena   gopālo,
ように  棒によって 牛飼い
ガーウォー パージェーティ ゴーチャラン
gāvo      pāceti        gocaraṃ;
牛を     追い立てる    餌場に
エーワン  ジャラー チャ マッチュ チャ
Evaṃ     jarā     ca   maccu  ca,
このように  老     又  死    又
アーユン パージェーンティ パーニナン
āyuṃ    pācenti        pāṇinaṃ.
命  追い立てる    生きものの

○詩のパーリ語について。100番からは正田大観先生を中心に行われました関西のダンマパダ輪読会の時の御自分のノートを参考にして、木岡治美様がわざわざ書き下ろしたものを私に送って下さいました。それを参考にさせて頂いております。

〇慈悲の瞑想

~私は幸せでありますように~
~私の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の願いごとが叶えられますように~
~私に悟りの光が現れますように~
~私は幸せでありますように(三回)~

~私の親しい人々が幸せでありますように~
~私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の親しい人々の願いごとが叶えられますように~
~私の親しい人々にも悟りの光が現れますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように(三回)~

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

~私の嫌いな人々も幸せでありますように~
~私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように~
~私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように~

~私を嫌っている人々も幸せでありますように~
~私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように~
~私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように~

~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~


(この慈悲の瞑想を唱える人には必ず幸せが訪れます。)

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この記事へのコメント

ガーナ
2010年02月12日 04:01
久々にネットができたのでブログを読んだら元気をもらいました。ありがとう。
2010年02月12日 04:07
ワンギーサさん、おはようございます。青年のためのダンマパダ、私は時間感覚を長くとられた印象を持ちました。ブッダの教えには「五戒」のように悪業をつまないためにも、すぐ実践してみた方が良いと思われるものと、じっくり時間をかけて理解を深めた方が良いと思われるものとがあるように思います。今日の詩は「ハイ、その通り納得しました」と簡単に納得してはむしろダメなのでしょう。これはあくまで私の勝手な解釈ですが、子供から青年にしたことに、そのような意味を感じます。この因縁物語、よくよく自分と照らし合わせながら吟味してみたいと思います。有難うございました。
ワンギーサ
2010年02月12日 04:10
ガーナさん、コメントありがとう。
ガーナさんって、ガーナにいるあの人ですか。
ネットがつながってよかったね。
ワンギーサ
2010年02月12日 04:21
新さん、おはようございます。
「青年のためのダンマパダ」はあんまり難しく考えなくてもいいように、作ったつもりですけど、わかり難いですか。単に、夢が破れた青年を慰めただけです。慰め方が、夢にむかってさらにがんばれとは言わないだけです。夢にこだわる必要がないといいたいのです。
2010年02月12日 05:40
ワンギーサさん、おはようございます。とても分かりやすいです。昨日たまたま4人の大学生の会話を聞いてました。関心事は就職のようですが、ここ数年の社会変動からすると不確定要素が多いのですね。青年の夢と言えば、やはり就職(進路)と恋愛でしょうか。恋愛は就職などと違って個人的なものですが、やはり若者の特権だと思います。20代の時は「いかにすればモテルか?」「彼女ができるか?」は重大問題でした。40代の今は、そのような「悩み」はありません。関心が移ってきたのでしょう。「失恋くらい何だよ。」という気持ちがあります。ところで、若者に忠告したいのは「貯蓄」のことです。お釈迦様も教えられてるように、収入の4分の1はやはり貯蓄したらいいと思います。それ以外は悪いことをしないで、思い切り使ったらいいと思います。俗世間の話は場違いかもしれませんが、現にこうして生きてる以上「おカネ」はいい加減にはできません。中年になってそのことがよくわかってきました。しかし、それは「執着」に繋がる要素です。だからこそ、お布施など「離欲の行為」で自分なりにバランスをとるようにしてるつもりです。有難うございました。
ぱん
2010年02月12日 10:01
青年のためのダンマパダ、拝読いたしました。作家志望でした。芥川賞やノーベル文学賞に憧れていました。夢は破れました、才能がなかったのです。今は涅槃を夢見てます。
こころざし
2015年08月16日 07:35
日々寿命が縮み・老化していく現実を感じます。修行も怠ってしまったら、次何時出来る機会があるのか不明と思います。今を大切にして精進して参りたいです。
本文の青年の為のダンマパダ、ワンギーサ長老の温かい励ましを感じます。夢も変化して行く事を分かって生きたいと思います。
たか坊
2016年12月09日 19:30
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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