136. 愚かな者は悪いこととは気づかない

ダンマパダ 第10 暴力の章 136

ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ
Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa
阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します

愚者は悪しき業をなし
しかも覚ることがない
智慧なき者は自業によって
火に焼かれたように苦しむ


(片山一良先生 訳)

○超訳の試み

愚かな者は悪いことをしながら
悪いこととは気づかない
智慧のない人は行為の結果で
焼かれたように苦しむ


○子供のためのダンマパダ

欲張りすぎていないかな
怒ってはいないかな
ばかなことやっていないかな
仲良くできないときは考えよう





○一口メモ

 この詩を読めば、悪いことをすれば、自分自身の悪い行為で自分が苦しむのだなと分かります。仏教では悪いことの代表として、貪ること、怒ること、愚かさ(貪瞋痴)を上げています。例えば、ケーキが好きだからと言って、ケーキを貪り食べると、お腹を壊したり、太りすぎて成人病になって苦しむことになります。また、いつもイライラして怒っていると人間関係が悪くなって社会生活がうまくいかず、不幸になります。そのほか、勉強をしなければいけないのにゲームに夢中になっている愚かな人は後で苦しむことになるのです。しかし、智慧のない人は悪いことをしているとは気がつかないのです。自分は好きなことをしているのだ、どこが悪いのかと思っているのかもしれません。

 この事実は人ごとではありません。私たちもそれほど智慧があるとはいえないので、自分の行為を反省してみる必要があります。もし、今自分が苦しんでいたとしたら、自分の悪い行為の結果かもしれません。これからは、少し厳しい言い方になりますが、例えば、失業した人がいるとします。失業で苦しい思いしています。それは、会社の働き方に問題があったのかもしれません。離婚や失恋で苦しい思いをしている人は、相手との付き合い方に問題があったのかもしれません。過去の行為に、貪りや怒りや愚かさがなかったか反省してみる必要があります。

 私たちの行為は習慣化していますので、自分の行為から、 貪ること、怒ること、愚かさをなくす努力が必要なのです。そうでなければ同じ誤りを繰り返すことになります。

 反省と同時に起きてしまったことは、後悔するのではなく、現実は現実として受け容れて、必要な行為をすることが大切です。それが智慧のある人のやり方です。


○スマナサーラ長老のこの詩に関する説法

悩みは自分の行いから ~人は知らず知らず悪い行いをする~
http://www.j-theravada.net/howa/howa57.html


○前回の「この詩から学ぶこと」

愚か者悪をしながら気付かない自分の行為で自分で苦しむ
http://76263383.at.webry.info/200904/article_5.html


○パーリ語原文

136.
アタ パーパーニ カンマーニ
Atha  pāpāni     kammāni,
また  悪い     行為を
カラン    バーロ ナ  ブッジャティ
karaṃ     bālo   na   bujjhati;
為しながら 愚者は ない 自覚する
セーヒ カンメーヒ  ドゥンメードー
Sehi   kammehi   dummedho,
自らの 業によって 智慧ない者は
アッギダッドーワ   タッパティ
aggidaḍḍhova      tappati.
焼かれた者のように 苦しむ

○詩のパーリ語について。100番からは正田大観先生を中心に行われました関西のダンマパダ輪読会の時の御自分のノートを参考にして、木岡治美様がわざわざ書き下ろしたものを私に送って下さいました。それを参考にさせて頂いております。

〇慈悲の瞑想

~私は幸せでありますように~
~私の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の願いごとが叶えられますように~
~私に悟りの光が現れますように~
~私は幸せでありますように(三回)~

~私の親しい人々が幸せでありますように~
~私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の親しい人々の願いごとが叶えられますように~
~私の親しい人々にも悟りの光が現れますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように(三回)~

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

~私の嫌いな人々も幸せでありますように~
~私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように~
~私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように~

~私を嫌っている人々も幸せでありますように~
~私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように~
~私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように~

~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~


(この慈悲の瞑想を唱える人には必ず幸せが訪れます。)

◎お願い:今回の詩に共感された方は、ページ右上の『仏教』をクリックをお願いします。そうすると、仏教ランキングのランクが上がります。ランクが上がると多くの人の目に留まりやすくなり、ダンマパダの認知度が高まるからです。

この記事へのコメント

名古屋人
2010年02月12日 23:18
悪業を作ったことを「覚ることがない」ことも「気づかない」ことも業ならば、悪業にさらに悪業を重ねていくことになり、加速度的に悪業が増えていってしまいます。
2010年02月13日 05:35
ワンギーサさん、おはようございます。こうしてみると、生きる上で「悪因」にはこと欠かないですね。しかしその「悪因」を邪思で主観で判断してしまう。自分の難敵「怠け心」の治療含めて、瞑想で退治するしかないと思います。智慧がないのがやはり問題だし、智慧さえあればこれから大丈夫だと思うからです。智慧の開発が一番だと考えてます。有難うございました。
高橋優太
2010年02月13日 13:38
ワンギーサ先生、皆様、お久しぶりです。
お釈迦様の仰ることをしっかり理解して実行できればと思います。「こころは原子爆弾」を読みました。
P92に「私は知っているから、経験しているから、あなた方にもこころの煩悩(汚れ)をなくしなさいと説くのです」とあります。自分の周りでちょっと良いこと、悪いことがあると、僕はすぐに影響を受けて、調子に乗ったり、落ち込んだりして、お釈迦様の仰ったことを実行しなくなっていました。そしてそのたび余計に苦しむはめになりました。いつでもお釈迦様の言葉を思い出せるようにしておけば、余計に苦しむはめにならないと思うので、困った時はダンマパダでしっかり勉強します。ありがとうございました。
こころざし
2015年08月16日 07:45
相手が気分を害するような悪い事をする方は、自分が悪いとの自覚がなくて又は自分は見ようとせずにやってしまっている・・様子に接する事があります。そのような方はその後精的に不安定になっていたり、相手にされずに浮く流れになる印象を感じています。
本文の子供の為のダンマパダ「・・ばかなことやっていないかな 仲良くできないときは考えよう」を意識して、注意して参りたいです。
たか坊
2016年12月11日 19:21
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

この記事へのトラックバック