148.実に命は死に終わる

ダンマパダ 第11 老いの章 148

ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ
Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa
阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します


この身は衰え弱るもの
病の巣にして破れやすく
腐敗の身にして壊滅する
実に命は死に終わる


(片山一良先生 訳)


○超訳の試み

この肉体は老化する
病いの巣でありもろいもの
腐った肉体は分解し
実に命は死で終わる


○子供のためのダンマパダ

モンシロチョウの卵から小さな青虫が出てくるよ
青虫はキャベツを食べて大きくなってサナギなるよ
何週間かすると、サナギからチョウチョが出てくるよ
そしてチョウチョは他の生き物と同じように死ぬんだよ





○一口メモ

 私たちは病気してその診断結果が癌だと言われると普通、混乱します。なぜでしょうか?癌と言われると死を明確に意識するようになるからでしょう。癌と言われなくとも生命は必ず死ぬのですが、癌と言われるまでその事実を意識の中に上らないようにしていたのです。しかし、癌だと言われると無視できなくなって混乱するのでしょう。

 幼い頃、死がなにか分かった時はそれが大変悲しくて、眠れなくて泣いたことを思い出します。いつの間にか眠ってしまったのですが、そして死を考えないようにしていました。そして、死は遠い先のことと見なすようになったのです。しかし、癌を宣告されるとそうはいかなくなって混乱するのです。

 このような私たちに対する、仏陀の最高のアドバイスは「日々是好日」経です。

(以下その引用)

 過去を追いゆくことなく、また未来を願いゆくことなし
 過去はすでに過ぎさりしもの、未来は未だ来ぬものゆえに

 現に存在している現象を、その場その場で観察し
 揺らぐことなく動じることなく、智者はそを修するがよい

 今日こそ努め励むべきなり、誰が明日の死を知ろう
 されば死の大軍に、我らわずらうことなし

 昼夜怠ることなく、かように住み、励む
 こはまさに「日々是好日」と、寂静者なる牟尼(むに)は説く

(以上引用終わり)

 「日々是好日」経の解説をスマナサーラ長老が「悩みと縁のない生き方」(サンガ)という本にしておられますので、まだお読みでない方は是非お読みなるようにお薦めいたします。
 

○スマナサーラ長老のこの詩に関する説法

楽のみを追うと苦を得る ~死を迎えたとき、自由な心で~
http://www.j-theravada.net/howa/howa65.html


○前回の「この詩から学ぶこと」

肉体はくたびれはてて病気して実に寿命は死で終わるなり
http://76263383.at.webry.info/200904/article_13.html


○パーリ語原文

148.
パリジンナミダン ルーパン
Parijiṇṇamidaṃ   rūpaṃ,
老い朽ちた この  身は     
ローガニッダン パバングラン
roganiḍḍhaṃ,   pabhaṅguraṃ;
病の巣で     壊れやすい
ビッジャティ プーティサンデーホ
Bhijjati     pūtisandeho,
壊れる     腐った身体は
マラナンタンヒ ジーウィタン
maraṇantañhi   jīvitaṃ.
死が終極 実に 生命は

○詩のパーリ語について。100番からは正田大観先生を中心に行われました関西のダンマパダ輪読会の時の御自分のノートを参考にして、木岡治美様がわざわざ書き下ろしたものを私に送って下さいました。それを参考にさせて頂いております。

〇慈悲の瞑想

~私は幸せでありますように~
~私の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の願いごとが叶えられますように~
~私に悟りの光が現れますように~
~私は幸せでありますように(三回)~

~私の親しい人々が幸せでありますように~
~私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の親しい人々の願いごとが叶えられますように~
~私の親しい人々にも悟りの光が現れますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように(三回)~

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

~私の嫌いな人々も幸せでありますように~
~私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように~
~私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように~

~私を嫌っている人々も幸せでありますように~
~私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように~
~私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように~

~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~


(この慈悲の瞑想を唱える人には必ず幸せが訪れます。)

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この記事へのコメント

高橋優太
2010年02月20日 23:03
ワンギーサ先生、皆様、今晩は。
老いたり、病気にかかったり、他人事のように思わず、観察するよう心がけます。生きとし生けるものが幸せでありますように。
2010年02月21日 04:16
ワンギーサさん、おはようございます。死を前提に生きようとすると、「死にたくはない」という本音がよくわかります。生きるのに必要最低限をよく考える時は特にそうです。いつ死んでもいい。と心底思えるためには努力が必要だと思いました。必ず死ぬのだから努力したいと思います。これさえ克服できれば、と思います。有難うございました。
ぱん
2010年02月21日 17:18
今日紹介されているスマナサーラ長老の法話にあった、仏教の理想的な死に方ができるように、なりますように。
こころざし
2015年08月19日 07:50
これだけではないと思いますが、自分又は身近な人の「死」を連想するような事があると思考が回転し妄想して、心が不安定になるような印象があります。安定を脅かすようなイメージでしょうか。
生命はいつか死ぬ事実を自覚して生きている方は少ないように思います。何時か死ぬ事は当たり前と理解し、心の成長するように怠らずに努めていきたいです。
たか坊
2017年01月14日 17:33
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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