172.以前は放逸であったが後に不放逸になった彼は

ダンマパダ 第13 世間の章 172

ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ
Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa
阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します



以前において怠けていても
以後において怠けぬならば
かれはこの世を輝かす
雲を離れた月の如くに


(片山一良先生 訳)


○超訳の章

以前は放逸であったが
後に不放逸になった彼は
雲を離れた月のように
世の中を明るくする


○子供のダンマパダ

怠け心が出てきたら
背骨を伸ばし動くこと
元気が出てきて
怠け心が吹っ飛ぶよ





○一口メモ

  片山一良先生の訳に「怠け」という言葉が出ていますが、正確には仏教用語で「放逸」ということです。仏教では朝から晩まで、掃除や雑事をよくする人も、自分自身に注意をむけない人、正念を実践しない人は、放逸な人、「怠け」ものと言われます。ですから、いわゆる働き者も怠け者というのです。

 今の日本の会社はそうかも知れませんが、昔私が会社で働いていたときは、社員は上司が帰るまで、仕事がなくとも、残業して働いている振りをしていました。これは決して働き者ではないのです。仏教の修行者はこんな極端ではないでしょうが、瞑想しているつもりでも、怠けているという場合もありますから、注意する必要があります。

 この詩では、以前は雑事には熱心でしたが、放逸だった比丘がそのことに気づいて、不放逸に修行して阿羅漢になったことを歌っています。その影響力は「雲を離れた月のように世の中を明るくする」と述べています。

 「子供のダンマパダ」では、怠け心は克服方法について述べました。スマナサーラ長老は初心者瞑想指導のなかで、瞑想中の「怠け」の克服法として、背骨を伸ばすことを強調されています。瞑想中背骨が曲がってくると、妄想や眠気などが現れてくるのです。


○スマナサーラ長老のこの詩に関する説法

「ホンモノ」と「ニセモノ」 ~中身を磨くか、うわべを飾るか~
http://www.j-theravada.net/howa/howa86.html


○前回の「この詩から学ぶこと」

放逸を後には止めた正念者 満月のよう世を照らす
http://76263383.at.webry.info/200905/article_4.html


○パーリ語原文

172.
ヨー チャ プッベー パマッジトゥワー
Yo   ca   pubbe    pamajjitvā,
者は  又  以前は   放逸である
パッチャー ソー ナッパマッジャティ
pacchā    so    nappamajjati;
後で    彼は   不放逸になる
ソー イマン ローカン パバーセーティ
So   imaṃ   lokaṃ   pabhāseti,
彼は  この   世を   輝かす
アバー ムットーワ    チャンディマー
abbhā   mutto  va    candimā.
雲を   離れた ように  月


○詩のパーリ語原文の訳について。100番からは正田大観先生を中心に行われました関西のダンマパダ輪読会の時の御自分のノートを参考にして、木岡治美様がわざわざ書き下ろしたものを私に送って下さいました。それを参考にさせて頂いております。

〇慈悲の瞑想

~私は幸せでありますように~
~私の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の願いごとが叶えられますように~
~私に悟りの光が現れますように~
~私は幸せでありますように(三回)~

~私の親しい人々が幸せでありますように~
~私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の親しい人々の願いごとが叶えられますように~
~私の親しい人々にも悟りの光が現れますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように(三回)~

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

~私の嫌いな人々も幸せでありますように~
~私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように~
~私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように~

~私を嫌っている人々も幸せでありますように~
~私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように~
~私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように~

~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

(この慈悲の瞑想を唱える人には必ず幸せが訪れます。)


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この記事へのコメント

2010年03月13日 22:26
学術的に博識でも、涅槃(精神の健全な変容)に到るのが難しいのは、実践していない点がまずいようです。実にもったいないです。
2010年03月14日 04:03
ワンギーサさん、おはようございます。

「不放逸」を心がけています。スマナサーラ長老の初心者指導で話される、日常生活での瞑想です。

身体の動きを実況中継していると、自然と心に気づきが入るようになりました。

あくまで、私の場合ですが、日常の実況中継で、心の怠け、欺瞞に気づくことがあります。

今後も「不放逸」を怠らないようにしたいですが、「奮起せよ」の言葉が私の場合はとても有効です。

有難うございました。
トム
2010年03月14日 05:29
おはようございます。
あれも、これも気をつけよう。とすると「~しなければならない」と義務的になりますが、不放逸をこころがけようとすると「ためらい」もなくそれをすることができるので、簡単便利な教えに感謝してます。問題はその状態を継続することですが!
あっきん
2010年03月14日 09:52
本物の代表者と言うと、スマナサーラ長老。
生き方を言葉と、なにより行動で表して教えてくれています。そして今やダンマパダにあるように、知名度が上がり東京での講演会も以前より少なくなってしまいました。だから、この時しかないと説法を聞き、なまでのお経をして頂いた時には感謝しています。
とびきり良い先生に出会いました。そしてラッキ~!
生きとし生けるものは幸せでありますように。
2010年03月14日 18:20
いつも拝読させて頂きありがとうございます

何度かワンギーサ比丘がおっしゃられている「背筋を伸ばす」といったことは、非常に万民のためになる言葉だと思ってます。私も、スマナサーラ長老の初心者指導の時にお伺いしたこともあり、気を付けております

背筋を伸ばすこと

そして、新さん、あっきんさんの、言葉にも、なんだか一人ではないんだ、僕みたいのは、一人ではないんだと、一言一言、私の成長の糧になっておるようです

これからも、お互い、糧となり、肥えとなり、励みましょう

有難う御座いました

生きとし生けるものが幸せでありますように

まさこ
2010年11月23日 20:09

私も、背骨を伸ばします。
こころざし
2015年08月26日 08:52
何かしながら・何か考えながら等の状態ですと、今の事を全く真剣に取り組めておらず、良く分からないまま時間が経過し一日が終わる印象があります。
思考・妄想を抑えて今に向き合うと、もの凄く状況が掴めて必要な対応が出来るように感じています。また疲れも少ないです。
また、前者で生きるのと後者で生きるのとでは、周囲の人に与える影響は全く違う様に思います。
不放逸に取り組んで参りたいです。
たか坊
2017年02月16日 13:42
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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