176.一の真理を犯して嘘をつく人

ダンマパダ 第13 世間の章 176

ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ
Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa
阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します


一つの法を保つことなく
うそ偽りによって語り
あの世を撥無(はつむ)する人に
行いえない悪はない


(片山一良先生 訳)

○超訳の試み

一の真理を犯して
嘘をつく人
来世を無視する人は
どんな悪いこともする


○子供のためのダンマパダ

一つ嘘をつくと
また嘘をつく
閻魔さまは
嘘つきの舌をぬく





○一口メモ

 このダンマパダの詩について掲載が3回目となるといろいろ面白ことがあります。前回のこの詩の訳とその解説に、これは確信のないものの一つと書いてありました。「一の真理」をどう理解するかということです。また、「なぜ嘘をついてはいけないのか?」について皆さんに考えてもらったのですが、多くの方がコメントにいろいろ書いてくれました。今読み返しましたが、記憶やよみがえってきて楽しいですね。一番初めは秋葉原で通り魔殺人事件があった頃でした。

 この詩の意図はスマナサーラ長老の説法にありますように、 「罪を犯したくない、悪いことはしたくない、清らかな生き方をしたい、平安で幸福で生きていたいと希望する人は、世の中にある無数の悪い行為について悩まなくても結構です。『嘘をつかない』という一行を守れば善人になれます。」ということです。

 「子供のためのダンマパダ」について。
 閻魔さまがいるかいないか議論があるでしょう。子供でもそのくらいのことは考えるでしょう。よくわからのです。しかし、もし閻魔さまがいたらとしたら、嘘をつくと大変です。いなかったとしても、嘘をつかない方が安全です。それならば、嘘をつかない方がいいくらい子供でも分かるでしょう。そういうことを子供たちと話すのは楽しいと思いませんか。


○スマナサーラ長老のこの詩に関する説法

道徳のバロメーター ~すべての罪は嘘に始まり嘘に終わる~
 Lie is the death of morality
http://www.j-theravada.net/howa/howa91.html


○前回までのこの詩に関するブログ記事

嘘をつく来世無視するような人悪事を止める歯止めがないぞ
http://76263383.at.webry.info/200905/article_8.html

唯一の真理を犯して
http://76263383.at.webry.info/200806/article_4.html

○パーリ語原文

176.
エーカン ダンマン   アティータッサ
Ekaṃ    dhammaṃ   atītassa,
一つの   法を      犯して
ムサーワーディッサ ジャントゥノー
musāvādissa       jantuno;
妄語を言う      人間にとって
ウィティンナパラローカッサ
Vitiṇṇaparalokassa,
来世を捨てた
ナッティ パーパン アカーリヤン
natthi    pāpaṃ   akāriyaṃ.
ない    悪は   為すべきでない

〇詩のパーリ語原文の訳について。100番からは正田大観先生を中心に行われました関西のダンマパダ輪読会の時の御自分のノートを参考にして、木岡治美様がわざわざ書き下ろしたものを私に送って下さいました。それを参考にさせて頂いております。

〇慈悲の瞑想

~私は幸せでありますように~
~私の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の願いごとが叶えられますように~
~私に悟りの光が現れますように~
~私は幸せでありますように(三回)~

~私の親しい人々が幸せでありますように~
~私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の親しい人々の願いごとが叶えられますように~
~私の親しい人々にも悟りの光が現れますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように(三回)~

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

~私の嫌いな人々も幸せでありますように~
~私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように~
~私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように~

~私を嫌っている人々も幸せでありますように~
~私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように~
~私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように~

~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~


(この慈悲の瞑想を唱える人には必ず幸せが訪れます。)

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この記事へのコメント

ワタナベ
2010年03月17日 21:44
僕がこの偈文で今思い浮かんだ事は、仏陀は前世でも「嘘だけはつかなかった」と言うことです。
例えば何百とあるパーリ語で書かれた全ジャータカの中で、時に(確か別の帝釈)天の策略に引っかかり、物凄い美人に魅了され、それを手に入れるために、殺生(儀式)をする羽目になりかかったり、(空を飛ぶ)神通力を持った菩薩の時に、自分の食事のお布施をしてくれる王様(確かアーナンダ尊者の前世だったと思います。?)のお妃に魅了され、不倫関係に陥り(そう)になった時も、正直に王様にその事を告げた場面を日本語訳で読んだ記憶があります。僕はその時痛く感心したのですが、今世で菩薩が生まれ変わった釈迦族というのも「死んでも嘘は言わない。嘘を言うんだったら死を選ぶような」種族だったという解説をスマナサーラ長老からお聞きした記憶もあります。

で中部経典でお釈迦様が息子であるラーフラに説法する場面があって「沙門がもし嘘を付くような(人格)ならば、もう沙門、比丘としての資格が全然ないのだ云々」というところがあったと思います。

厳しく自戒致したいと本日思い直しました。
いつもありがとうございます。
ワタナベ
2010年03月17日 23:32
念のため正確を期すために、手元にあるジャータカ全集5巻P212を見てみましたら、やはりジャータカ第431話ハーリタ仙前世物語(松本照敬訳)にありました。協会HPに載っている「王妃とバラモンの話(その1、2)」とは似ている話ですがストーリーが後半違います。要約しますと実際、王が不在中、王妃の不手際で偶然王妃の上衣が滑り落ち、神通ある菩薩が煩悩に負け、妃の手を取って二人はすぐにカーテンを閉じてしまったとあります。それから毎日悦楽を繰り返し、町中の噂になったようです。大臣から報告を受けた王は、菩薩を信用して全く信じなかったが、帰ってから妃にこう聞くのです。
「我が聖なるハータリ苦行者は、そなたとともに不義を行っているそうだが、本当なのか?」
「本当でございます。王さま」
(妃も偉いんですね!正直で。)
信じられない王は、直接菩薩に聞きます。
で菩薩は考えます。
「この王様は、『わたしは欲楽にふけってはおりません。
』と答えたとしても、わたしの言葉を信ずるに違いない。だがしかし、この世において、真実のようにしっかりとした足場は存在しない。真実を捨てた人々は、悟りを開く場所に座っても、悟りに到達することはできないのだ。わたしは真実のみを語るのが正しい」
実に、菩薩には、殺生も偸盗も邪行も飲酒も、ある場所においてはあり得るのであるが、道理を破壊する偽りの言葉を選びとって嘘をつく事は、決してあり得ないのである。それゆえ彼は、真実のみを語って云々とあります。P213~

僕はこれを読んだ当時感動しました。。。。なるほどと。。
で結局このあと王(アーナンダ尊者の前世)と対話(偈)を交わし、「諸欲における禍」を観察して、再び禅定を得て梵天の世界に達したとあります。
ナカガワ
2010年03月17日 23:53
こんばんは。初めてコメントさせて頂きます。ナカガワというものです。
毎日、有難く読ませて頂いております。m(__)m
これからも頑張って下さい。
お幸せでありますように。
2010年03月18日 04:21
ワンギーサさん、おはようございます。

前回のコメントを読むで、随分ムキになってるなと感じました。

幼少の頃より「嘘は泥棒のはじまり」と教わって、馬鹿正直に思ったことを話して、随分人を傷つけたとおもいます。

一方、二十代の時、二回詐欺被害にあい、嘘だけは許しがたい。という気持ちをもってました。

執拗な前回のコメントの一因かもしれません。

さて、初期仏教の道徳を学び、向かいあい、実践する中で、嘘にたいする疑問やわだかまりがやっと解消されました。

八正道の正語で、事実なら、思ったことなら言ってはいけないことが理解できました。

また、恨みつらみの反動としての道徳も疑問でしたが、正思の実践で正されるとおもいます。

確定ではありませんが、嘘を完全につかないで大丈夫、というのは、八正道の実践及び完成のような気がします。

スマナサーラ長老の説法の要点から、今現在の理解です。

有難うございました。

2010年03月18日 05:50
上記をコメント、誤解を招く表現がありました。


事実というだけで、正直にそう思ったというだけで、何でも言うのはよくない。という意味です。

無駄話や陰口、悪口がそうです。
まさこ
2010年12月05日 20:11

気がつくと、自分を守るために嘘ついてしまい、後悔する事があります。もう、これ以上後悔したくないので、
嘘つきたくありません。気をつけます。
2010年12月05日 21:20
まさこ様。
こんばんは、私がスリランカでの修行中もほぼ毎日、コメントがされないのに、コメントしてくださってありがとうございます。私もあなたのコメントに従って、以前の記事を読み返しております。これからも続けてコメントして下さい。
こころざし
2015年08月27日 15:28
嘘をついて閻魔様に舌を抜かれると→発声が出来ないのでもう二度と嘘はつけないと思います。ですがそれは根本的な解決にはならないように感じます。
嘘をつくような行為をしない為にどうすべきか、改めて考え・そして実践し、智慧をつけたいです。
たか坊
2017年02月22日 12:49
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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