203. 飢えは最大の病気だ

ダンマパダ 第15 安楽の章 203


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~~~~~お 知 ら せ~~~~~

◎すべての生命の幸せを願い、教えを説かれたお釈迦様の祝祭記念日
ウェーサーカ祭に興味のある方は下のアドレス(日本テーラワーダ仏教教会HP)
を是非クックして下さい。http://www.j-theravada.net/


◎柴田尚武氏を中心とした東京パーリ語輪読会で行った日本語訳第二弾
「スッタ・ニパータ第1蛇の章1.蛇経」をブログ「パーリ経典」
http://d.hatena.ne.jp/pali/)に掲載してあります。興味ある方はお読み下さい。


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ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ
Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa
阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します


飢餓は最大の病にして
諸行は最大の苦しみなり
これを如実に知るならば
最上の楽なる涅槃あり


(片山一良先生 訳)


○日常語訳

飢えは最大の病気だ
身心は最大の苦だ
これをありのままに知って
涅槃という最高の幸福に至る


○子供のためのダンマパダ

お腹がすくと、心が乱れて
頭が働かない、身体は厄介なもの
このことを知って、心を育て
最高の幸福をめざしましょう





○一口メモ

 この詩ができた因縁物語についてスマナサーラ長老の説法の中で述べられています。その話によると、お釈迦さまは弟子を連れて、歩いて30日もかかるというインドのある村に行き、そこに住む貧しい村人に説法した時の詩だそうです。

 お釈迦さまは、その村人が悟る可能性があると見抜いてその村に向かわれた訳ですが、一人の人間が悟るということは、それだけ価値のあるということだと思います。この詩の四行目「最上の楽なる涅槃あり」、「涅槃という最高の幸福と至る」ことの計りしれない意味を知らされます。

 それはそうです。約2600年も前に、北インドに一人のお釈迦さまが生まれたおかげで、今こうして、2600年後の日本で、迷いから脱する道を知らされて、確信を持って、生活できる今があるということですから、何人もの悟りを得た人ができることはまた大変な意義のありことだと、改めて感じます。

 この詩は、空腹の問題や身体の問題について述べられていますが、それは前回や前々回のブログ記事に書きましたので、参考にして下さい。


○スマナサーラ長老のこの詩に関する説法

「苦行と修行は違うもの」~悟るためには身体の安定も必要です~
 Balanced body and balanced mind .
http://www.j-theravada.net/howa/howa112.html


○前回までのこの詩に関するブログ記事

空腹で己が苦だとよく分かる己を知って涅槃に至る
http://76263383.at.webry.info/200905/article_27.html

飢えは最大の病気だ
http://76263383.at.webry.info/200807/article_14.html


○パーリ語原文

203.
ジガッチャーパラマー ローガー
Jighacchāparamā  rogā,
飢餓は 最上の  病気
サンカーラパラマー ドゥカー
saṅkhāraparamā  dukhā;
諸行は 最上の 苦
エータン ニャトゥワー ヤターブータン
Etaṃ   ñatvā  yathābhūtaṃ,
これを 知って ありのままに
ニッバーナン パラマン スカン
nibbānaṃ paramaṃ sukhaṃ.
涅槃は  最上の  安楽

〇詩のパーリ語原文の訳について。100番からは正田大観先生を中心に行われました関西のダンマパダ輪読会の時の御自分のノートを参考にして、木岡治美様がわざわざ書き下ろしたものを私に送って下さいました。それを参考にさせて頂いております。


〇慈悲の瞑想

~私は幸せでありますように~
~私の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の願いごとが叶えられますように~
~私に悟りの光が現れますように~
~私は幸せでありますように(三回)~

~私の親しい人々が幸せでありますように~
~私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の親しい人々の願いごとが叶えられますように~
~私の親しい人々にも悟りの光が現れますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように(三回)~

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

~私の嫌いな人々も幸せでありますように~
~私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように~
~私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように~

~私を嫌っている人々も幸せでありますように~
~私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように~
~私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように~

~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~


(この慈悲の瞑想を唱える人には必ず幸せが訪れます。)

この記事へのコメント

2010年04月06日 04:00
ワンギーサさん、おはようございます。

因縁物語を読んだだけで、「お釈迦様って凄い御方だな~」と思い、今日から新たに仏道を歩む元気を頂戴いたしました!

昨日、スリランカ仏教学校にお布施させて頂きました。

この功徳を全ての生きとし生けるものに回向いたします。

分け合う、分け合う、分け合う、サードウ!サードウ!サードウ!

有難うございました。
大嶋静
2011年05月05日 16:37
悟る可能性のある村人と判断し遠方迄その者達の為に赴き等お釈迦様は人界へお生まれになって苦を味わって人と同じ経緯を辿り私どもが現在迄心に仏を拠り所とし生きられるのは大変巡りあいにくい事にあい有り難いことだと思い嬉しい。
こころざし
2015年09月03日 07:11
お腹がすくと、正常な判断が難しい様な状況に成ると思います。また現在食べ物があるのが当たり前の生活をしており、空腹になるとパニック的な状況になりかねないと想像致します。体と言うのはその程度のものと知り、そして心が成長出来るように目指して参りたいです。

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