204.健康は最高の利得だ

ダンマパダ 第15 安楽の章 204

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~~~~~お 知 ら せ~~~~~

◎すべての生命の幸せを願い、教えを説かれたお釈迦様の祝祭記念日
ウェーサーカ祭に興味のある方は下のアドレス(日本テーラワーダ仏教教会HP)
を是非クックして下さい。http://www.j-theravada.net/


◎柴田尚武氏を中心とした東京パーリ語輪読会で行った日本語訳第二弾
「スッタ・ニパータ第1蛇の章1.蛇経」をブログ「パーリ経典」
http://d.hatena.ne.jp/pali/)に掲載してあります。興味ある方はお読み下さい。

◎今回の詩に共感された方は、ページ右上の『仏教』バナーをクリックをお願いします。そうすると、仏教ランキングのランクが上がります。ランクが上がると多くの人の目に留まりやすくなり、ダンマパダの認知度が高まるからです。一日一回お願いします。

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ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ
Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa
阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します



無病は最上の利得にして
満足は最上の財産なり
信頼は最上の親族にして
涅槃は最上の安楽なり


(片山一良先生 訳)


○日常語訳

健康は最高の利得だ
満足は最高の財産だ
信頼は最高の親族だ
涅槃は最高の幸福だ


○子供のためのダンマパダ

病気をすると、元気が最高
お腹がすくと、満腹が最高
喧嘩をすると、仲直りが最高
最高の最高は最高の幸福





○一口メモ

 健康なときは、健康のありがたさは分からないものです。健康で生きているのが当たり前で、その他のことがらに対して、いろいろ不満をもちますが、健康とはありがたいものです。健康だから働けるし、ごはんも食べられし、遊ぶこともできます。悟りを目指す人々にとっては修行もできるのです。健康は最高の利得なのです。

 次は、満足は最高の財産です。満足とは満足できる能力だと考えると分かりやすいと思います。いつも不満で満足できない人は不幸です。満足する能力とは必要か不必要か判断できる能力でしょう。欲望は限界を知りませんので、欲望に従って生きている人はいつも不満で不幸なのです。しかし、満足できる能力のある人は必要以上の欲望を抑えることができ、満足することができ、幸福でいられるのです。ですから、最高の財産なのです。

 幸福というものは、物質的なものだけでなく、精神的な要素も重要です。その一つが信頼です。自分には信頼できる人がいること、また、更に重要なことは自分が誰からか信頼されていることは幸福なことです。信頼されているから安心でき、生きる元気も出てくるのです。頼りになる親族がいることは、この信頼があるからなのです。その意味で、信頼は最高の親族なのです。

 しかし、健康、財産、信頼以上に、最高の幸福があるのです。それは涅槃だとこの詩では述べているのです。涅槃そのものについては、言葉では述べられないと言われていますが、最高の幸福(幸福と言っても私たちがイメージしているものとは異なるのですが、)だから、それを目指すように、お釈迦様は勧めておられます。

○スマナサーラ長老のこの詩に関する説法

一番を目指して生きる~「最高」の論理的な定義~
 Man of wisdom challenges for the best.
http://www.j-theravada.net/howa/howa114.html

○前回までのこの詩に関するブログ記事

健康と満足信頼あるならば しかし涅槃に至れば最高
http://76263383.at.webry.info/200905/article_28.html

*健康は最高の利得だ
http://76263383.at.webry.info/200807/article_15.html


○パーリ語原文

204.
アーローギャパラマー ラーバー
Ārogyaparamā  lābhā,
無病は最高の  利得
サントゥッティパラマン ダナン
santuṭṭhiparamaṃ  dhanaṃ;
満足は最高の    財産
ウィッサーサパラマー ニャーティ
Vissāsaparamā  ñāti ,
信頼は最高の  親族
ニッバーナン パラマン スカン
nibbānaṃ paramaṃ sukhaṃ.
涅槃は  最高の  安楽

〇詩のパーリ語原文の訳について。100番からは正田大観先生を中心に行われました関西のダンマパダ輪読会の時の御自分のノートを参考にして、木岡治美様がわざわざ書き下ろしたものを私に送って下さいました。それを参考にさせて頂いております。


〇慈悲の瞑想

~私は幸せでありますように~
~私の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の願いごとが叶えられますように~
~私に悟りの光が現れますように~
~私は幸せでありますように(三回)~

~私の親しい人々が幸せでありますように~
~私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の親しい人々の願いごとが叶えられますように~
~私の親しい人々にも悟りの光が現れますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように(三回)~

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

~私の嫌いな人々も幸せでありますように~
~私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように~
~私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように~

~私を嫌っている人々も幸せでありますように~
~私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように~
~私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように~

~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~



(この慈悲の瞑想を唱える人には必ず幸せが訪れます。)


この記事へのコメント

高橋優太
2010年04月06日 21:27
ワンギーサ先生、こんばんは。
入学式がありましたが、けっこう緊張して不安がありました。満足できる能力がないなあと思いました。ありがとうございました。
2010年04月07日 04:14
ワンギーサさん、おはようございます。

健康で、生活に困らない財産があり、信頼できる友人に恵まれていたら、やはり幸福だと思います。

しかし、それらは、流動的なものです。健康でピンシャンしていた人が突然病になる。災害などで、必要なものもまで失ってしまう。信頼関係にあった親族や友人が、何かの拍子で裏切ってしまう。

究極的で揺るぎない幸福とは涅槃なのでしょう。さっぱりわかりますんが、わからないから、目指す気持ちも出てきます。

身体の健康、心の満足、人間関係を重視しながらも、涅槃を目指す生き方ができれば、最高のように思います。

有難うございました。
あっきん
2010年04月07日 09:43
おはようございます。
購読中のスマナサーラ長老の中に、「ストレスは怒り。知恵・能力・体力・精神力も全て破壊する」とあります。健康でありたいなら、怒ないことだけでもダメージを受けないと思います。心を健康にするのは瞑想。また知恵・能力・精神力おまけに成功すると涅槃まで行けていい事ばかりだと思います。
生きとし生けるものは幸せでありますように。
おんがえし
2010年04月07日 19:41
 スマナサーラ長老の説法で、ブッダの教えを学ばれた方々は、最高の知見を得ておられると思います。
 その最高の知見は、色眼鏡になる場合もあると思います。
 つまり、誰か他の方が、仏教を説いた場合に、その方は、本当は大したことを述べていないのに、スマナサーラ長老から学んだことを『無意識に』補って、見聞きしてしまう危険があると思います。
 なぜならば、人は往々にして、自分・私の知識を基準にして判断するからです。
 これは一種の「慢」だと思います。
 一つの参考意見として役立てて頂ければ幸いに思います。
 なお、以上は、特定個人の方を攻撃しようと思って書き込んだものではなく、昨今の状況を観て、一般論として述べるものです。
2010年04月08日 05:23
それは、十分念頭に置くべき重要なことだと思います。

スマナサーラ長老は、「仏教とはこいうものという固定観念を崩したい」ということを説法の中で話されいたと記憶してます。

思えば、大乗と称されているものから、少なくとも「仏教観」を各人が持たれているでしょう。

それを壊し、初期仏教を教えるのは常人離れしていると思いますが、問題は肝心の初期仏教に対してさえも同じように固定化された「仏教観」を持ってしまうことだと理解してます。

ご指摘の点は「スマナサーラ長老を通じた仏教観」を固定化してしまうことだと思いました。

しかし、なかなか自分では気づきにくい点で、それを指導されるのがスマナサーラ長老の真骨頂だと思っております。
もく魚
2010年04月08日 18:25
もく魚が机に向かって作文書き。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「もく魚の投稿する文章は、現在のもく魚の頭の中にある知識以上のものは出てきません(^^;;。それはおもにスマ長老さまの本や法話からですが、もく魚は他の長老さまや比丘の方々、清道尼さまの意見も参考にしたいと思っています。

もし長老さまの教えを正しく分かるまで投稿しないでおこうとすると、おそらく一生かかっても無理だと思います。ですからもく魚の文章からも、知っているつもりの慢を感じることはいっぱいあると思います。

仏教に詳しい方から見ればたいしたことを言っていないのですが、しかしそれが今のもく魚です。以前の文章でも、この言い方では長老さまの本と少し違うなぁと思うことが色々あります。これからも仏教をもっと学ばなければとおもっています。皆さんのコメントも大変参考になります。しかしもく魚は勉強嫌いです;;;」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ようやく宿題のレポートを書き終えたもく魚。つかれて机にうつ伏せで寝てしまう。
そこに、もくママがそっと入ってくる。

ママ「よく頑張りました。80点かな?」

赤マジックで大きく点数を書き込んで部屋を出て行く。目を覚ましたもく魚が大さわぎになったことは言うまでもない。また投稿します
こころざし
2015年09月03日 07:15
無病や満足・信頼を得られるような状態であれば、至福だと思います。ですが涅槃はもっと幸福という事で、是非目指したいです。
たか坊
2017年04月12日 22:08
今回も明るく楽しく学べたコトを嬉しく思います♪

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