286.愚か者は考える、死がせまっているのを知らないで

ダンマパダ 第20 道の章 286

ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ
Namo   tassa   bhagavato   arahato    sammāsambuddhassa
阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します


私はここで雨期を過ごそう
ここで冬と夏を過ごそう
愚者はこのように思案する
危ういことには気がつかず


(片山一良先生 訳)


○日常語訳

雨期にはここで住もう
冬と夏はここで住もうと
愚か者は考える
死がせまっているのを知らないで


○子供のためのダンマパダ

死ぬ人は老人とは限らない
子供でも死ぬ人もいる
明日の命はわからないのだから
今日一日を幸せに生きよう





○一口メモ

 今日は、東京八王子市の正山寺釈迦牟尼国際仏教センターで、八斎戒仏道実践会が開催されました。(五戒でなく、八戒を守って読経、瞑想などの修行をする実践会)

 この会に参加して、充実した、穏やかな一日を過ごすことができました。ところが、帰路につきお寺から最寄りの駅に着いた時、人身事故で帰りの電車はストップしていました。最近は鉄道での人身事故は多いのですが、人身事故の多くは自殺です。痛ましい事故が増えていることです。私に関して言えば、正山寺から帰ってから、ブログを書こうと思っていましたが、予定は大幅に狂いました。でもそんなことはたいしたことなく、自殺してなくなった方のことを考えると胸が痛みます。やはり不景気の影響などとも思いますが、それにしても人の命はわからないものです。自殺した人も本当は死にたくなかったのではないかと思います。本人は自殺したのだから、死ぬ時期は知ってはいるでしょうが、そのような状況になるとは予想してなかったと思います。

 さて、この詩についてですが、この詩のできた因縁物語によれば、死期が迫った大商人が、雨期と冬と夏(インドの一年は雨期と冬と夏です)、つまり一年先の商売の予定を考えていたのです。それを知ったお釈迦さまは、アーナンダ尊者に死期が迫っていることを知らせて、「商売のことを考えるのではなく、自分の命の危機について考えることが大事だ」と教えるのです。この大商人はこのことを知り、お釈迦さまたちにお布施などをして善行為をし、預流果に悟り、死後が天界に生まれたということです。

 「愚か者は」と言われても、凡夫は自分の死期は知ることはできませんから、いつ死んでもいいように、つまり地獄に落ちることがないように、日々、悪いことをしないで、善いことをして、心を清らかにするように務めることが必要あるということです。

 後日、今している悪いこと(例えば五戒に反する行為をしているなど)をやめようとか、後日、お布施や瞑想実践などの善いことしようと思うことなどは、明日死ぬかも知れないと本当に思うのならば、後日ではなく、今日行うべきなのです。


○スマナサーラ長老のこの詩に関する御説法

*計画的に生きる ~理性があるなら捨てられる計画を立てる~

1.計画なしに生きていられない。
2.原因究明できる人に計画を立てられる。
3.計画通りに成功するという保証はない。
4.的中した生き方には日々の成功を目指すしかない。

 パティパダー(2009年3月号)の「今月の巻頭法話」に掲載されています。残念ながら、まだ日本テーラワーダ仏教協会HPにはまだアップされてませ ん。ですから、該当するパティパダーをお持ちでない方のために、スマナサーラ長老がまとめたポイントを列挙しておきました。


○前回までのこの詩に関するブログ記事

*この年の雨の季節はここに住む明日死ぬことを知らずに思う
http://76263383.at.webry.info/200907/article_21.html

*雨期にはここに冬と夏にはここに住めると考える
http://76263383.at.webry.info/200809/article_7.html



○パーリ語原文

イダ ワッサン ワスィッサーミ
Idha   vassaṃ  vasissāmi,
ここで 雨期を  過ごそう
イダ  ヘーマンタギンヒス
idha   hemantagimhisu;
ここで 冬期 夏期において    
イティ バーロー ヴィチンテーティ
Iti    bālo     vicinteti,
と   愚か者   考える
アンタラーヤン ナ ブッジャティ
antarāyaṃ     na  bujjhati.
(命の)難事を ない 理解する


〇詩のパーリ語について。100番からは正田大観先生を中心に行われました関西のダンマパダ輪読会の時の御自分のノートを参考にして、木岡治美様がわざわざ書き下ろしたものを私に送って下さいました。それを参考にさせて頂いております。

〇慈悲の瞑想

~私は幸せでありますように~
~私の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の願いごとが叶えられますように~
~私に悟りの光が現れますように~
~私は幸せでありますように(三回)~

~私の親しい人々が幸せでありますように~
~私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の親しい人々の願いごとが叶えられますように~
~私の親しい人々にも悟りの光が現れますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように(三回)~

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

~私の嫌いな人々も幸せでありますように~
~私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように~
~私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように~

~私を嫌っている人々も幸せでありますように~
~私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように~
~私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように~

~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~


(この慈悲の瞑想を唱える人には必ず幸せが訪れます。)


================================

~~~~~お 知 ら せ~~~~~

◎「ダンマパダ268.269.沈黙するだけでは聖者ではない」に関連して、スマナサーラ長老の4月月例講演会(心のお喋りはエンドレス ブッダは沈黙の聖者です)についてお知らせいたしましたが、Holi様のブログhttp://hohi.sakura.ne.jp/blog/2010-05-09-1.html.erb
に詳しく紹介されています。是非こちらをお読み下さい。

◎スマナサーラ長老の4月月例講演会DVDが発売されました。
(心のお喋りはエンドレス ブッダは沈黙の聖者です)
DVD商品番号:V-204 頒価:2,100円(税込 送料無料「国内のみ」)
希望者は日本テーラワーダ仏教協会にて購入できます。


◎今回の詩に共感された方は、ページ右上の『仏教』バナーのクリックをお願いします。そうすると、仏教ランキングのランクが上がります。ランクが上がると多くの人の目に留まりやすくなり、ダンマパダの認知度が高まるからです。一日一回お願いします。

================================


この記事へのコメント

チューラパンタカ
2010年05月30日 23:24
こんばんは

今日少し思いました、一週間も飲まず食わずでいれば死んでしまうと思いました

欲がなくとも、おなかはすくし、のども渇くと思います

丁度、息をしてるように、自然に何事も行えたらいいなーと今考えました

今するべきことをする、なんだか小学生の時に習ったような気もしますが

小学生のころは、いまするべきことを、しないでいるとひどく自分は悪い人間のように感じてましたが、

今はどうでしょう、かなりずるがしこくなって、しない理由をつけ放題です

いけないものはいけない、当然今してもいけない、当たり前の事なのですが、こころがかなりずるがしこくなっているようです、強いこころで逃げない、十分後に挑戦です
2010年05月31日 04:36
ワンギーサさん、おはようございます。

 一日一度は、「死」を確認するよう心がけてます。

 「死ぬ」ことだけはこの人生の中で確実だから、「私は死ぬ。遅かれ早かれ必ず死ぬ。そして最後は全部パーだ」と心の中で念じます。スマナサーラ長老の著書の中にあったと思います。

 「死」を前提にすることは、暗いとか明るいとかの問題じゃなくて、事実なので、とてもいいように感じてます。

 今後も継続するつもりです。

 有難うございました。
2010年05月31日 07:09
ともするとタブーになりがちな死の話題。
逃げることなく向き合うようにしたら
恐ろしくもないし、すべきことが
自然とみえてきました。

娘にも天国や神様でごまかすことなく
厳しいかもしれませんが
ママもあなたも必ず死ぬのよ。
と現実を話してきかせています。

怖がることも嫌がることもなく
余計な情報のある大人より抵抗なく
ストレートにうけとめられるようです。
ぱん
2010年05月31日 09:53
生まれて、死ぬ。その事実を、凡夫は永遠に繰り返したいと願い、悟った人々はそれほど繰り返す必要はないと思っている。死ぬとき、じたばたしないように、今日は瞑想ビデオなど見て、瞑想したいと思います。スマナサーラ長老の瞑想会に何回も参加しているのに、長老のスピードについてゆけず、いまだに瞑想の基本がおろそかになっていますから。
あん
2010年05月31日 12:33
「死」のイメージをして眠る事があります。
妄想になるってるんじゃないか・・・、効果があるのかと思いながらですがやっています。
今朝は死がまじかに迫っている、痩せ衰えて目が見えなくなっている「猫ちゃん」に会ってきました。
1週間に一度会う、訪問先の猫ちゃんですが、今日はまだ息をして餌も食べていました。
人間でも動物でも「死」が迫ると同じ状態です。
毛は荒れて呼吸も荒くなります。
自分も同じようになるのだと・・・
命のあるかぎり
冷静に「気づき」に励みたいと思います。

ちなみに、今飼っている
私の猫ちゃんは、スマナサーラ長老の法話を
熱心に聴いてくれます
良い方向に産まれ変わると良いんだけど・・・

2010年05月31日 20:33
僕は昨日、東京八王子市の正山寺釈迦牟尼国際仏教センターで、朝から八斎戒仏道実践会に初めて参加できて本当に良かったです。ダンミッサラ師、スダンマ師、ワンギーサ師、スリランカの僧侶の方、お世話下さったスリランカや日本の在家の方々、本当にありがとうございました。スリランカ仏教徒式に従ってお寺に入ってからお坊様から八戒を授けてもらい、自分で八戒を守ってみると、これは守ってみなければわからない、清々しい気持ちになることができました。伝統的な仏教徒がおこなう貴重な経験を日本でさせて頂きました。ウポーサタ(布薩日)の習慣がこれから日本でも是非根付いていけば素晴らしいと思います。
僕もいつ死ぬか?わからないのでこの詩偈を思い出して、できるだけ励みたいと思いました。m( )m
こころざし
2015年09月24日 19:48
やるべき事を今やらずに先延ばしにするのは、自分含め日常でよくある光景と思います。そこには(まさか)死が迫っているなんて思いもしない、変わらない状況が続く(はず)との認識があるように感じます。
死ぬかもしれないと思えば、必要な事は今やるべきと気が付けると思います。
怠けて先延ばしにするのではなく、今実践して参りたいです。

この記事へのトラックバック