悪いこと すれば必ず 苦しむよ この世で苦しみ 地獄で苦しむ(17)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします

イダ    タッパティ  ペッチャ  タッパティ 
Idha     tappati    pecca    tappati,
この世で   苦しむ   死後に   苦しむ 

パーパカーリ   ウバヤッタ   タッパティ
pāpakārī      ubhayattha   tappati;
悪をなした人は   両所で     苦しむ

パーパン  メー カタンティ    タッパティ 
Pāpaṃ    me  katanti      tappati,
悪が    私によってなされたと  苦しむ

ビッヨー タパッティ ドゥッガティン  ガトー
bhiyyo   tappati    duggatiṃ    gato.
より多く  苦しむ    悪趣に    行って


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200901/article_8.html
http://76263383.at.webry.info/200911/article_11.html


○一口メモ
この詩は前々回の詩よく似ているのです。意図するところは同じです。
以前TVコマーシャルに「大切なことだから、2度言いますよ」というセリフがあったと思いますが、ここでも同じです。
大切なことだから、2度繰り返されているのです。

因果法則。行為にはその結果が必ずあること。
悪いことをすれば、必ず悪い結果があること。これらが述べられています。

異なる点は、悲しむ(ソーチャティ)の代わりに、
苦しむ(タッパティ)が使われいること。
後半は「私は悪ことをした」と苦しむ、すなわち後悔することが述べられています。
また、死後には悪趣(修羅、餓鬼、畜生、地獄)に行くと書かれています。
そこで、さらに苦しむことになるのだと強調されています。
恐ろしいですね。悪いことはすべきではないですね。


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。

この記事へのコメント

カエルくん
2012年03月24日 17:05
ワンギーサ先生、こんにちは。
死後の世界がどういうものなのか、よくわかりません。でも、善いことをして悪いことをしないでいれば安心、というふうに理解しています。
日常、私にできるのはほんのわずかです。
信号を守るとか、ごみを拾うとか…。身近な人に優しい言葉づかいをするとか…。
この積み重ねが、大きな善行為につながっていくといいな、と思っています。
ワンギーサ
2012年03月24日 21:41
カエルくんさん、こんばんは。
「死後の世界がどういうものなのか、よくわかりません。でも、善いことをして悪いことをしないでいれば安心、というふうに理解しています。」とありますが、その通りです。
スマナサーラ長老の「小さな『悟り』を積みかさねる」(集英社新書)という本がありますが、小さな善行為を積みかさねることが大切です。

カエルくん
2012年03月25日 09:05
ワンギーサ先生、おはようございます。
先生に、「その通りです」と言っていただくと、励ましてもらったようで勇気づけられます。
あすか
2012年05月16日 09:56
同じポイントを何度も何度も
例えや言い回しを変えて。
そうでもしないと、すぐに忘れて、
という弱い所をブッダは
よくわかっていらっしゃる。

体のトレーニングをするように、
心も繰り返し、繰り返し、
トレーニングですね。

こころざし
2015年10月14日 07:44
お釈迦さまが二度も繰り返しておっしゃって下さっている事ですので、悪い事を本当にしない方が良いんだなと感じます→そして実生活でその学びを生かして悪い事をしないように(少しでも減らせるように)、日常で注意して参りたいです。