善いことを すれば必ず 楽しいよ この世で楽しく 天界で楽しい(18)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。

イダ   ナンダティ  ペッチャ   ナンダティ 
Idha    nandati    pecca    nandati,   
この世で  喜ぶ     死後に   喜ぶ   

カタプンニョー   ウバヤッタ   ナンダティ
katapuñño      ubhayattha   nandati;
福徳を積んだ人は  両所で     喜ぶ

プンニャン メー   カタンティ   ナンダティ 
Puññaṃ   me    katanti     nandati,   
福徳が   私によって なされたと   喜ぶ    

ビッヨー ナンダティ  スッガティン ガトー
bhiyyo   nandati    suggatiṃ   gato.
より多く  喜ぶ     善趣に    行って



○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200901/article_8.html
http://76263383.at.webry.info/200911/article_11.html


○一口メモ
今回の18番の詩は16番と同じ善業善果について述べたものです。
善趣とは、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)のうちの人間、天を意味します。
「善趣に行って」とは、人間か神々に生まれ変わってという意味です。

因果法則、因果応報、悪業悪果、善業善果について述べられた4つの詩が続きました。
これらをまとめると因縁の道理と言いますが、実際にはかなり複雑な内容なのです。
人間は生まれ、善いことも、悪いことも、いろいろなことをしています。そしてそれらはいろいろな関係や条件のもとで行われているのです。ですから、その結果がどうなるかということは、単純には判断できないのです。

ある時、アーナンダ尊者が「この縁起の原理は深遠なる法、深遠なる現象ですが、私には簡単な法のように現れました。」と仏陀に言われました。すると、仏陀は「そのように言うではない。言うではない。アーナンダよ。この縁起の法が甚深なる法、甚深なる現象なのは、この原理を知らず、理解せず、洞察しないからだ。この衆生たちはもつれた糸のように混乱し、結んだ糸の如く、ムンジャ草の如く固まって、苦処、悪趣、輪廻を脱することがない。」と仰られたのです。

ですから、具体的な結果は即断できませんが、善業善果は間違いないのです。安心して、善業を積んで下さい。


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。

この記事へのコメント

カエルくん
2012年03月25日 16:50
ワンギーサ先生、こんにちは。
矛盾や理不尽なことの多い世の中で、「善因善果、悪因悪果」という法則は「1+1=2」と同じくらいシンプルで、かつ力強く胸に響きます。
これがお釈迦様によって説かれた教えだと思うと、心強いです。
ワンギーサ
2012年03月25日 22:45
カエルくんさん、こんばんは。
因果法則とお釈迦さまへの信が確立しているようなので、確実に涅槃への道を進むことができると思います。
あすか
2012年05月17日 14:53
善行為の結果がどうであれ
心は間違いなく清らかです。

不安定で変化する
まわりの評価を基準にせず
後悔しない選択をします。

*~*~*~*~*~*

死後や輪廻について無理に
考える必要はないとのことですが
今から善行為のみ行うよう努力すれば
少なくとも不安に感じたり
恐れたりする必要はなさそうですね。

仏道に出会ったおかげで
歳を重ねたり、病気になったりして
やがて死を迎えるという
避けられない事実に
悩み苦しむことなく
淡々と充実した今を過ごせます。
感謝です。
こころざし
2015年10月14日 07:48
良い事をして(それを自己顕示欲からPRせず)相手の方が喜んで下さったりすると、心がクリアに輝くような印象を感じる事があります。
また冥想合宿で自分なりでも真摯に取り組んだ後、心のクリアになっている印象を感じる事があります。
常に心が汚れないような生き様を日常で出来るように目指して、出来る善行為をチャンスを逃さずに実践して参りたいです。