父母の 愛情よりも 良いことを 正しい心が 我にもたらす(43)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


ナ  タン  マーター  ピター  カイラー
Na  taṃ   mātā    pitā    kayirā,
ない 彼に   母     父    でき

アンニェー ワーピ   チャ  ニャータカー
aññe     vāpi    ca    ñātakā;
他の    も     又   親族     

サンマーパニヒタン  チッタン
Sammāpaṇihitaṃ   cittaṃ,
正しく向けられた   心は

セッヤソー   ナン    タトー   カレー
seyyaso     naṃ    tato     kare.
より良いこと  彼に  それより  為すであろう


○直訳
母、父も彼にできない、
また他の親族も(できない良いことを)
正しく向けられた心は、
それより良いことを彼に為すであろう。


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200901/article_28.html
http://76263383.at.webry.info/200912/article_1.html


○一口メモ

この詩の説明は昨日少ししましたが、直訳からは意味を取るのは難しいと思います。
簡単に言えば「両親や親せきのできる良いことよりも、自分の善い心は自分に良いことをしてくれる」と言う意味です。
なぜならば、他人がどんな良いことをしてくれても、自分が幸福になるとは限らないのです。しかし、自分の善い心は必ず自分を幸福にしてくれるのです。ですから、この詩でこのように述べているのです。

昨日も述べましたが、この詩で重要なことは「正しく向けられた心」は何かをよく理解する必要があります。重要なことですから、繰り返し述べます。

「正しく向けられた心」とは「人間を幸福にするある心の働き」です。これは「慈、悲、喜、捨」の心のエネルギーなのです。

慈のエネルギーは、「すべての生命の友情を育てる」心のエネルギーです。
悲のエネルギーは、「すべての生命から悩み苦しみをなくす」心のエネルギーです。
喜のエネルギーは、「すべての生命の喜びを喜びとする」心のエネルギーです。
捨のエネルギーは、「すべての生命から自我を捨てる」智慧のエネルギーです。

慈悲喜捨の心のエネルギーは、人間を幸福にします。喜びで満たされています。明るいエネルギーです。ですから、人間の暗く、不幸にする心のエネルギーを簡単に克服できるのです。

暗い不幸にする心のエネルギーを明るい幸福にするエネルギーにする方法は簡単です。「私が幸せでありますように」あるいは「生きとし生けるものが幸せでありますように」と唱えるだけでよいのです。普通はすぐに変わりますが、変わらない時は、さらに繰り返し唱えて下さい。必ず変わります。実践してください。

この詩で「第3心の章」が終わります。

「父母の 愛情よりも 良いことを 正しい心が 我にもたらす」


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。

この記事へのコメント

そうじ
2012年04月19日 04:46
先生、皆様おはようございます。
今日からは穏やかにすごせるように実践に励みます。
慈悲と智慧
2012年04月19日 07:49
自分が俗世間でやるべきことをこなしつつ慈悲の瞑想を実践して幸せになる。

これが、在家としてあるべき姿だと思います。

さらに、上を目指したい人は歩く瞑想等に独学ではなくきちんと指導を受けてやると良いと思います。


なかなか、実践が上手くいかないのは、やり方が間違っているか、実践の量が不足しているからだと思います。


善行為にも優先順位があります、瞑想は、ナンバーワンです。
カエルくん
2012年04月19日 18:14
先生、皆様、こんばんは。
身の回りのものをシンプルにしようと思って、それまで大事にしていたものを集中的に処分したことがあります。
それで分かったのは、物への執着を手放すのはそれほど辛くない、ということです。
だんだん、身の回りのものが減っていくに従って、自分が何を手放せずにいるか、も、くっきり浮かび上がってきました。祖父母の形見などがどうしてもすてられないのです。
自分は親族に大変執着をしていることが分かりました。
それはいまも続いています。
父母が私にしてくれたこと、いまもしてくれていることは大きいです。
それ以上によくととのえた自分の心は、自分によくしてくれる、という今回の詩は大変重く響きます。
あすか
2012年04月19日 21:27
先生、みなさん、こんばんは。

心の訓練をしていると、よくない心が
こんなにあるのかとめげそうになりますが、
よい心のエネルギーは強いとのこと。
安心しました。焦らず、飽きず、
楽しく続けていきます。

慈悲の心での生活は楽しいですね。
食べる時も物を使う時も
かかわった方々に思いをはせ、
買い物も良い仕事をしている方々に
お代と言葉で感謝。
まわりに満ち溢れる草や木、
鳥や虫達の命の輝き。
強い刺激でなくても実は
おだやかな幸せでいっぱい。


カエルくん、同感です。
今日も物とそれにこびりつく心を
整理しました。
ものすごいエネルギーが要りますが
毎日、少しずつ部屋と心が
きれいになっていくのは
すがすがしいものです。

心の章、大変勉強になりました。
明日からも楽しみです。
ワンギーサ
2012年04月19日 21:43
みなさん、こんばんは。

いつもコメントありがとうございます。

私の記事はどちらかと言うと、骨だけの固い文章ですが、みなさんのコメントで、わかりやすく肉付けされていると思います。
他の読者のためにも、今後もコメントをよろしくお願いします。
青砂木
2014年03月15日 08:30
おはようございます。
外から入って内に宿るものは、肉体だけではないのでしょう。こころも外から入って内に宿っているのでしょう。心は簡単に闇にさらわれてしまうから、気付かないのかもしれません。闇にさらわれた心は、自我となって現れて、私を苦しめるのでしょう。赤ちゃんが母親の胎内に宿ったら、この子には善いものだけを見せましょう、善いものだけを聞かせましょう、善いものだけを触れさせましょうと、両親も親族も全力で子供を守るでしょう。そのように、内に宿った無垢なる心に気付き、常に目を離さずに守り育てたいと思いました。健全に育てられた子供が親孝行をし、両親を幸せにするように、ブッダにより説かれた八正道に従い、正しく育てられた心は、私を幸せにするのでしょう、と思いました。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
SRKWブッダ
2014年08月01日 17:36
父母は、心血を注いで、身を粉にして、あるいは身を挺して、子を育む。とある親戚も、同様である。

ところで、正しく向けられた心は、ついには自分自身(心)を完全に滅ぼして、──同時に苦の体たるこの名称と形態(nama-rupa)をも一蓮托生に終滅せしめて解脱を生じ──その人を最上の境地(=ニルヴァーナ)へと至らしめてくれる。

その徹底した滅私は、父母にも、親戚にも、まさるものである。

(人は、この唯一の方法によってのみ、解脱を生じ、ニルヴァーナに至ることを得る。他のいかなる方法によっても、ニルヴァーナに至ることは出来ない。)

***
青砂木
2014年08月01日 21:33
こんばんは。
無垢なる心に安心おりました。
それも滅してしまうなら、やるべきことをやりとげようと思いました。

生きとし生けるものが幸せでありますように。
SRKWブッダ
2014年08月02日 00:16
子供が、『さぁ、只今から自分は大人になろう!』と言っても、それによって急に大人になるわけではない。よく遊び、そしてよく学ぶ子供が、次第次第に成長して、ついに立派な大人になるのである。

同様に、修行者が、『さぁ、只今からこの不完全な心を滅して、完全に清淨な存在になろう!』と言ったところで、それによって直ちに仏になるわけではない。衆生として為すべきことをしっかりと行い、また学識を豊かならしめて、次第次第に静けさが増し、ついに因縁を生じて仏となる。

覚りの道の可否は、口で言うこととは関係がない。また、何かの決意によって覚る(=解脱する)わけでもない。もちろん、壮絶な念いによって覚ることはない。平静な心構えと念いの清らかさ──が、正しい遍歴を為さしめる根本である。あとは、(危険を避けて)まっすぐに歩めばこの円かなやすらぎ(=ニルヴァーナ)に到達すると期待され得る。

***
青砂木
2014年08月02日 09:08
おはようございます。
いつも優しく大事なことを説いて下さり真にありがとうございます。
自分は、なすべきことをなしおえると信じて元気に頑張ります。
いまは新しい気持ちが芽生え、正しい法を等しく皆に伝えたいと思っています。
智慧が足りないので難しいですが、素直にまっすぐ伝えたら優しく受け取って貰えるかもしれないと感じています。

生きとし生けるものは幸せでありますように。
こころざし
2015年10月22日 06:34
父母の愛情は有り難いものと感じています。ですが、父母に依存していては自立は出来ないとも思います。
慈悲喜捨の実践を行って心を成長させて、父母にも・生きとしいけるもの総てに明るいエネルギーで接する事が出来るように努めたいです。