真理飲み 楽しむ人は 安楽だ 賢い人は 真理を楽しむ(79)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


ダンマピーティ    スカン    セーティ
Dhammapīti     sukhaṃ    seti,
真理を飲む者は    安楽に    住む

ウィッパサンネーナ  チェータサー
vippasannena      cetasā;
清浄な          心によって

アリャヤッパウェーディテー  ダンメー
Ariyappavedite          dhamme,
聖者の説かれた         真理において

サダー   ラマティ   パンディトー
sadā     ramati    paṇḍito.
常に     楽しむ    賢者は


○直訳
真理を飲む者は
清浄な心によって安楽に住む
賢者は聖者の説かれた真理において
常に楽しむ

○一口メモ
この詩の始めの言葉「ダンマピーティ」の意味は「法(真理)を喜ぶ者」とも「法(真理)を飲む者」とも訳せます。そのため、二通りの日本語訳があります。どちらが正しいかと問うこともできますが、ブッダはこの二通りの意味を含んだ言葉として、この言葉を使ったのではないかと、私はそのように考えています。

しかし、「真理を喜ぶ者」より「真理を飲む者」の方が、真理を実践して自分のものにしたように感じられますので、実際の訳としては「真理を飲む者」としました。(ちなみに要約短歌の第一句は「真理のみ」と「真理飲む」を掛けているつもりです。)

真理を飲む者は、真理を実践し、体得した人は、その時現れる智慧の力で煩悩がなくなり、心が清浄になり、心の清浄な人は安楽に生活できるのです。

ここで述べられている真理とは聖者(ブッダ)に説かれた真理です。四つの聖なる真理です。より具体的には、①苦、②苦の生起、③苦の滅尽、④八聖道です。

賢者ならば、この四つの聖なる真理をよく理解しているので、この真理を実践して常に実践して楽しんでいるのです。これが賢者の生き方なのです。


「真理飲み 楽しむ人は 安楽だ 賢い人は 真理を楽しむ」


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200902/article_25.html
http://76263383.at.webry.info/201001/article_1.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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この記事へのコメント

カエルくん
2012年05月24日 05:48
おはようございます。

お釈迦様の教えを読むことはたのしいです。毎日このブログを、本当に楽しみにしています。
先生、ありがとうございます。
とも
2012年05月24日 05:50
先生 おはようございます
今日の詩はとても良くわかります。
最近、仏道を実践していて生きるのが楽しくなってきました。ずっと苦しみ続けていた時と周りの状況はほとんど変わっていないのにです。
今日も一日怠けずに実践します。
みなさんが幸せでありますように。
あすか
2012年05月24日 07:47
掛詞、すばらしい方法ですね。
言葉の達人の皆様の句、
読めば読むほど
発見がありそうで楽しみです。

***

ramati、わいわい騒ぐ楽しさでなく、
穏やかな喜びの感情でしょうか。

怒りや欲が不快なのはもちろん、
楽しみと言われているものであっても
強すぎる興奮は心にとって
良いものではないかもと
感じるようになってきました。

昨日は他の人の言動で恥ずかしながら
心が揺れてしまいました。
「ほめる」にまつわるトラブル等です。
善くない心が混じっていたのかな
などといろいろ学ぶところがありました。

今日はできるだけ清らかな心で
幸せに楽しく実践して参ります。
ぱん
2012年05月24日 09:32
欲を楽しむ凡夫にとって、法の味は解しがたいです。ただ、何度も辛酸をなめ、汚れた生き方は苦しいとも思います。四聖諦を知ることによって、真理を楽しめるようになりたいです。
ささ
2012年05月24日 23:07
こんばんは。
今回の詩はとても共感できます。
自分の愚かさはなかなかしぶとく手強いものの、日々仏教を学び実践し続けるほど、心穏やかな楽しさが増えた事を実感しています。

昨日のあすかさんの善友のコメント、とても嬉しく読ませて頂いてました。

ワンギーサさん、皆さま、いつもあ
りがとうございます。これからも今はまだ解っていない真理を喜び楽しめるよう歩んでいきたいと思います。
ささ
2012年05月24日 23:14
訂正です。
あすかさんの善友のコメントは一昨日のものをさしていました。すみません。
SRKWブッダ
2014年08月28日 01:50
(渇きを)真理で潤す人は、清浄なる心もて、安楽に住する。
賢者は、(そのような)聖者が説いた真理をつねに楽しむ。

賢者が、その真理によって喉を一度潤したならば、もう二度と渇きに苛まれることは無くなると説かれる。

***