大道に 捨てられた ごみ山に 香りうるわし ハス咲く如く(58)その如く 愚かな人の 間にあって 

大道に 捨てられた ごみ山に 香りうるわし ハス咲く如く(58)
その如く 愚かな人の 間にあって ブッダの弟子は 光かがやく(59)


阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


ヤター  サンカーラターナスミン
Yathā   saṅkāraṭhānasmiṃ,
如く   ごみの山に

ウッジタスミン  マハーパテー
ujjhitasmiṃ    mahāpathe;
捨てられた    大きな道に

パドゥマン  タッタ  ジャーイェータ
Padumaṃ   tattha   jāyetha,
ハスが    そこに  生まれる

スチガンダン   マノーラマン
sucigandhaṃ   manoramaṃ.
清浄な香り    心喜ばせる
(58)

エーワン   サンカーラブーテース
Evaṃ     saṅkārabhūtesu,
そのように  ごみのような生き物の中に

アンダブーテー   プトゥッジャネー
andhabhūte     puthujjane;
無知な       凡夫の中で

アティローチャティ  パンニャーヤ
Atirocati        paññāya,
光に優る       智慧によって

サンマーサンブッダサーワコー
sammāsambuddhasāvako.
正しく目覚めた者の弟子は
(59)


○直訳
大きな道に捨てられた
ごみの山に
そこに清浄な香り、心喜ばせる
ハスが生まれるように(58)

そのように、ごみのような生き物の中で
無知な凡夫の中で
正しく目覚めた者の弟子は
智慧によって光かがやく(59)


○一口メモ
ブログの再開からは一日一詩の掲載を原則としてやって来ましたが、今回は二詩ないと意味が不完全なので、二詩にしました。詩が長くなった分、解説は短くします。

ごみの山の中で、ハスの花が隠れて咲いてもすぐわかります。心を喜ばせる、清浄な香りがするからです。どこかにハスの花があると分かるのです。
そのように、欲や怒りや無知な人々が多い中でも、ブッダの弟子は、智慧で光輝いているのです。

もっとも、この光の輝きは、ごみのような無知な人々には見えないようです。

ブッダの弟子の輝きが見える人間になりたいものです。
そして、智慧によって光かがやく人間になりたいものです。
慈悲の瞑想とヴィパッサナー瞑想がそのような人間にしてくれるでしょう。


大道に 捨てられた ごみ山に 香りうるわし ハス咲く如く(58)
その如く 愚かな人の 間にあって ブッダの弟子は 光かがやく(59)


58番と59番の詩で、「第四 花の章」が終わります。
明日からは、「第五 愚者の章」が始まります。どのような展開になるでしょうか私も楽しみです。


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200902/article_8.html
http://76263383.at.webry.info/200912/article_12.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。

この記事へのコメント

カエルくん
2012年05月04日 05:43
先生、皆様、おはようございます。

ゴミの山の中にあって、ハスの花のように凛としていられたらさぞ美しいだろうと思います。
でも私はすぐにまわりに染まってしまうので、そのようになるのは難しいだろうと思います。
だからこそ、このブログの存在はありがたいです。先生や皆様についていかなくては、という気持ちを思い起こすことができるからです。
感謝しております。
飛ぶカラス
2012年05月04日 06:46
いつも発言させて頂き礼します。

友達のなかった僕は何時も部屋や、車の掃除をしていた。掃除するタオルの埃まで気になるところまで掃除して、そんな部屋や、車の中に小さな小さな虫が入ってきても、どうぞ入ってどうぞずーっと居てください。と思うまで、友達がいない。どんなに部屋が汚れていようが、清らかな心のものにはかなわない。きれいな心の人に観られても自分にとっては何も心は清らかにならない。どんな時でも、どんな所でも、心は汚さない、蓮の花に見習いたい。
あすか
2012年05月04日 07:41
まず香りの、輝きのわかるように、
そして、ゆくゆくは自らも
香り輝くことを目指します。

カエルくんもおっしゃるように
どんな環境であっても
道徳を守り、慈悲の心で行動し、
サティを続けるというのは
並大抵のことではありませんね。

それでも「みんながそうだから」
を言い訳にしないよう、
努力していきます。
一言居士
2012年05月04日 09:02
皆様、おはようございます。

今回の58番と59番の詩は「花の章」の終わりに相応しい詩ですね。
無知な凡夫に語られていますから、次の「愚者の章」に続くようになっているように思います。
ダンマパダの詩の並びもよく考えられていますね。
明日も楽しみにしております。
カラス
2012年05月04日 20:12
こんな事をいっては失礼かもしれませんが。
冥想会で自分のやる気がない時は、スマナサーラ長老が憎く見えてしまう瞬間があります。
冥想会で自分のやる気がある時は、意欲満々の大先生に見えます。

失礼な事書きました。正直なところを書きました
慈悲と智慧
2012年05月04日 21:04
明日はこどもの日ということでファミマの端末の募金コーナーからあしなが育英会の震災孤児への奨学金へ募金。
俗世間が勝手に決めた記念日だけどこういう付き合い方もありかな。


母の日はお金に余裕があれば、妊婦支援の機関に募金するかな。
カエルくん
2012年05月04日 21:28
慈悲と智慧様、こんばんは。

あしなが育英会は好きな募金先のひとつです。震災で経済苦にさらされたこどもが、望む教育を受けられますように、と願ってしまいます。
慈悲と智慧
2012年05月04日 21:47
カエルくん

生きとし生けるものの悩み苦しみが無くなりますように。

あすか
2012年05月05日 06:51
>慈悲と智慧さん
賛成です。偏見やこだわりは
「見」ですものね。
善いことはどんどん
実行に移す。素敵です。
見習います。^^

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いつもながらこちらでは
実践中の皆様とともに
正直な気持ちを表現したり
意見交換ができていいですね。
必要なときには注意や訂正、
アドバイスもいただけますし。
安心していられます。

ワンギーサ先生、皆様、
いつもありがとうございます。
こころざし
2015年10月27日 09:32
私事ですが、今年ハスを買ってきて水鉢に植えて、実際に花が咲く状況等を観察出来ました。合わせて植えたものが大量に増えたのでどれがハス(の葉)なのか一見分からない様な状況でしたが、花が咲くとパッと目立ち、綺麗でした。
慈悲の瞑想とヴィパッサナー冥想を実践して、ハスの花のように智慧の光のある人に成長したいです。