百年も 生滅知らずに 生きるより 生滅知って 一日生きよ(113)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


ヨー チャ  ワッササタン   ジーウェー
Yo   ca   vassasataṃ    jīve,
彼が  又  百年間    生きるとしても

アパッサン ウダヤッバヤン
apassaṃ     udayabbayaṃ;
見ないで    生滅を

エーカーハン  ジーウィタン  セッヨー
Ekāhaṃ     jīvitaṃ     seyyo,
一日の      命が      より優る

パッサトー  ウダヤッバヤン
passato    udayabbayaṃ.
見る者の   生滅を


○直訳
彼が生滅を見ないで
百年生きるとしても
生滅を見る者の
一日の命がより優れている


○一口メモ
世界で一番不思議なことは何ですか?
以前、「世界ふしぎ発見」とは言うテレビ番組がありましたが、今もありますか?
不思議なことはいろいろありますが、一番と言うとなかなか難しい問題になります。
そこで、「私にとって一番不思議なことは何ですか」とすると少し考えやすくなります。

私にとっては、今ここに、こうやっていることは一つの不思議です。
ですが、本当はいないのかもしれないとい問題もあります。

また以前から、また今も本当に不思議に思っていることがあります。それは、携帯電話です。電話番号さえ会っていれば、世界のどこの人とも、今ここで話ができるということです。それはどんな電波も今ここにあるということですよね。電波に詳しい人はその原理をいろいろ説明してくれるでしょうけれどでも、説明されてもそれは私にとって不思議なのです。

さて、本題です。変わらないものはないと言うことは不思議です。
しかし、これはだんだん分かってきました。変わらずに固定したものがあるという立場から考えると、変わらないものがないと言うことは不思議ですが、すべては変わっているという立場からみれば、固定して変わらないものが不思議になると思います。そしてそれはあり得ないことになると思います。

例えば、自分を含めて、すべてが川の流れの中にいる時、何か流れてなくて止まっているものがあったら、それは不思議に思うでしょう。その時は、自分と同じ速さで流れているのです。だから止まっているように見えるのでしょう。

もし、すべての流れの中にあるとき、本当に止まっているものがあったとしたら、それは流に逆らって移動しているように見えるでしょう。ですから、もし、そのようなものがこの世界にあるとしたら、それはどんどん消えてなくなってしまうと思います。(この世界での流れとは時間ですから。)ここで、言いたいことは変わらない魂とか、絶対的な、つまり変わらないと言う神は無くなってしまうということです。

また、本題です。今回の詩のキーワードは「生滅」です。変わるものを観察すると、生滅からできていることが発見できます。変わることの不思議は、変わるものを細かく観察することで解決します。変化するものの構成要素が、生まれる(できる)、そして滅する(消える、壊れる)からです。また新しいものが生まれる(できる)。これを、まとめて生滅と言います。仏教用語の無常を細かく観察すると、生滅なのです。

仏教では真理の特徴を無常、苦、無我で説明します。このどれは一つだけでも本当に分かったら、真理がすべて分かると言われています。ですから、この無常を細かく観察して、その生滅を見ることができたら、真理が分かることになります。ですから、百年生きるより優れていると言うことです。真理を悟った人は、すべての悩み苦しみから解放されるからです。


「百年も 生滅知らずに 生きるより 生滅知って 一日生きよ」


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200903/article_21.html
http://76263383.at.webry.info/201001/article_28.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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この記事へのコメント

カエルくん
2012年06月26日 06:48
おはようございます。

この身体は泡沫のようなもの、という詩と連動しますね。
これが分かれば、悟りが開けるということでしょうか。

今日はお休みです。食欲と睡眠欲をコントロールすることにチャレンジします。
noritarou
2012年06月26日 10:23
ワンギーサ先生、皆様、おはようございます。
そこに「生じたもの」「滅したもの」は何だったのかと考える時、因縁により現れた変化の流れのなかで、ある瞬間を切り取ったもののことであり、どちらも概念に過ぎないと思います。
無常を、世界が瞬間ごとに生滅する様を体験すると、真理がわかるのですね。
生滅変化を繰り返している呼吸という不思議な現象から、少しずつ教えてもらおうと思います。
あすか
2012年06月26日 12:10
考えだすと何もかも不思議です。
太陽からちょうどよい位置に地球があり
生命が活動できることなどなど
今ここの全てが不思議の塊です。

生滅、
都合がいいと進化だの成長だの
悪いと退化だの衰退だの
判断や解釈をしますが
要は変化、それだけなのですね。
体も衰え、必死で暗記したことも
どんどん忘れていきます。
維持は困難ですが手放すなら可能。
変化を受け容れ、執着を手放せば、
心は軽く幸せです。

noritarouさん、こころ強いです。
くじけそうになっても失敗しても
世界中で道を歩んでいる
数えきれない善友の方々を思い出せば
これからはもう大丈夫です。^^

追記:
しばらくコメントできませんでした。
今回は回復しましたが様々な状況で、
どんなに先生ががんばってくださっても
継続不可能になることだって…。
そう考えるとなおさら今を大切に
しなければなりませんね。

今日も皆様が、生きとし生けるものが
しあわせでありますように。
こころざし
2015年11月14日 13:21
真理に触れるような生き方でないと、百年生きても心の状況は変わらないように思います。
真理が分かるような生き方を実践し、成長して参りたいです。