愚か者 物惜しみして 嫌われる 賢い人は 布施を喜ぶ(177)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


○子供のためのダンマパダ

けちな子供は愚かな子
何でも一人で抱え込み嫌われる
賢い子供は人気もの
何でも皆で分け合うよ


○パーリ語原文と訳語

ナ  ウェー  カダリヤー    デーワローカン ワジャンティ
Na   ve    kadariyā     devalokaṃ    vajanti,
ない  実に  物惜しみする人   天界に     行か

バーラー  ウェー  ナッパサンサンティ ダーナン
bālā     have   nappasaṃsanti    dānaṃ;
愚者は   実に   賞賛しない      布施を

ディーロー チャ  ダーナン  アヌモーダマーノー
Dhīro    ca   dānaṃ    anumodamāno,
賢者は   しかし 布施を   随喜する者

テーネーワ   ソー  ホーティ  スキー   パラッター
teneva      so   hoti     sukhī    parattha.
それによって  彼は  ある    楽ある者  あの世で

○直訳
物惜しみする人は天界に行かない
実に愚者は布施を賞賛しない
しかし賢者は布施を賞賛するものである
それによって彼はあの世で楽のある者である

○一口メモ
今回の詩の解説は「子供のためのダンマパダ」で充分だと思います。また、この詩は布施を実践すればよくわかることなのだということですが、説明を少し付け加えましょう。

物惜しみする人は何故天界に行かないのでしょうか?
物惜しみする人には喜びがないからです。
天界は喜びの世界ですから、喜びのない人の波長とは合わないのです。

愚か者でも、プレゼントをもらえばうれしいことは知っているでしょうが、プレゼントを与える喜びを知らないのです。もらうことばかり考えて、あげることをしない人は嫌われます。嫌われれば気分が悪いと思いますが、愚か者はそれをあえてするのです。

一方、賢者は布施の喜びを知っています。お釈迦さまやサンガのお布施する時のすがすがしい気持ちはお布施をした人々だけが知る喜びです。また、それはサンガを支え、仏教を守り、仏教を広める行為につながります。それは多くの人々に幸せを与える行為になるのです。その功徳の大きさは少し考えても分かることです。当然、死後は良いところに生まれるでしょう。


「愚か者 物惜しみして 嫌われる 賢い人は 布施を喜ぶ」


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200806/article_5.html
http://76263383.at.webry.info/200905/article_9.html
http://76263383.at.webry.info/201003/article_18.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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この記事へのコメント

あすか
2012年08月26日 09:41
物惜しみ、今までの経験では
嘘にも負けない克服すべき課題です。
無くそう!やめよう!がむしゃらに
がんばっても全く効果なし。
間違っていたかもしれません。

物惜しみを敵として戦うのでなく、
かといって怒り後悔などエサを与えず
静かに観察してみます。

好むと好まざるとにかかわらず発生、
この点は制御不可能ならば
慈悲と知恵をもって、とらわれず
手放す方に力を入れようと思います。

これだけの大きなエネルギーですもの。
何か善い方向にいかせたら
すばらしいではありませんか。
noritarou
2012年08月26日 10:04
>物惜しみする人には喜びがないから
>天界に行かない
とは、本当に深く納得できる、真実の論理ですね。

本当の喜びを知る為にも、布施の気持ちを忘れずにいたいと思います。
高橋優太
2012年08月26日 15:47
ワンギーサ先生、皆様、こんにちは。
瞑想会の方々と本を貸したり、借りたりします。みんなで分け合うと仲良くなりますね。物惜しみしていては友達はできにくいかなと過去の経験から思いました。布施の喜びは素敵です。
カエルくん
2012年08月26日 20:25
こんばんは。

以前、スマナサーラ長老の説法で、布施は在家の「楽」のひとつに数えられていた気がします。(うろ覚えですみません)
サンガにお布施すると、ホッとした気持ちがします。身の回りの人に何かするのも楽しいですが、やりすぎると相手の負担になってしまうことがあるので注意が必要ですが、サンガへのお布施はそんな心配がいらないので安心です。
2012年08月27日 08:15
この偈で思い出しますのは、如是語経の中でお釈迦さまがご自分の前世を語られて「基本的に人は布施の効果、功徳がどれくらい大きいか?がわからないもの。だから一般人はあまり布施しないが、

わたしはその施しの功徳の大きさを知っていたので、布施をして、何回も天界に生まれ何回も天界の王になった。云々」
のような話(概略)があったと記憶しています。
こころざし
2015年12月04日 13:03
お布施や寄付をさせて頂いた時に、貰う・手に入れるではない与える要素が働く事を実感します。そうしますと欲が薄まり、とにかく手に入れようとの姿勢が減る印象を感じます→現状に満足するような感じでしょうか。
お布施をさせて頂けれるような暮らしが出来ている事に感謝しつつ、今後も実践して参りたいです。
※不思議な事にケチだった以前より多少のお布施をさせて頂いている今の方が収入が増えた印象を感じています。