若い時 こころ育てず 働かず その人老いて 痩せ衰える(155)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


アチャリトゥワー  ブラフマチャリヤン
Acaritvā       brahmacariyaṃ,
行わないで      梵行を

アラッダー  ヨッバネー     ダナン
aladdhā    yobbane      dhanaṃ;
得ないで   青年期において   財産を

ジンナコーンチャーワ   ジャーヤンティ
Jiṇṇakoñcāva       jhāyanti,
老いた白鷺のように    消える

キーナマッチェーワ   パッラレー
khīṇamaccheva      pallale.
魚のいない まさしく   沼で


○直訳
青年期において梵行を行わないで
財産を得ないで
(彼らは)まさしく魚のいない沼で
老いた白鷺のように消える


○一口メモ
「梵行(brahmacariya)」とは、出家修行者が戒律を守って、禁欲の生活を送りながら、慈悲喜捨の無量心を育て、梵天の境地に到達するための修行、清浄行とも言われます。
出家修行者でない方は広い意味に捉えて、慈悲の瞑想を行い、心を育てることや、五戒を守って、人格を成長させることと理解してよいと思います。

「財産を得ないで」とは、「働かないで」という意味です。働くとは、社会に役に立ち仕事をすることです。

青年期に、すなわち若い時に、心を育てることもしないで、働くこともしなければ、どうなるのか、若い時は、親の世話になっているので、食べることはできるかもしれません。しかし。老人になって、両親もすでに亡くなっていればどうなるのでしょうか。言うまでもなく食べるものを得ることもできず、痩せ衰えて、餓死してしまうでしょう。

この詩もいかに老いるべきなのか、いかに生きるべきなのか教えています。
特に、人生において青年期の生き方は重要です。
お釈迦さまは、ありがたいです。ここまで心配してくれているのです。


「若い時 こころ育てず 働かず その人老いて 痩せ衰える」


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200904/article_19.html
http://76263383.at.webry.info/201002/article_26.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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この記事へのコメント

カエルくん
2012年08月04日 04:54
おはようございます。

働くこととは社会に役立ち仕事すること、という言葉に成る程、と思いました。
生活のために働いているのですが、お金をもらうだけでなく仕事を通じて学ぶことが多く、受け取っているものの方が多い気がします。
働けるうちに精いっぱい働きながら、いずれ年をとった時に人から「あの人の人生は失敗だったね」と言われてしまわないように、しっかり心を育てたいと思いました。
あすか
2012年08月04日 11:56
道徳、大切ですね。
学校でも道徳という時間があるのに
まにあわない教科の補修や
イベントの準備に、ときいたことも。
知識同様、いえ、それ以上に
大切なことも伝えてあげたいです。

7/29noritarouさん紹介の
死の写真集、ためになりました。
死は怖いものでの特別なものでもなく
変化の過程にすぎないのですね。

こうして日々悩み苦しみが
減ってゆくのはありがたいことです。
仏法僧に感謝し、せっかくの命を
無駄にしないよう精進します。
noritarou
2012年08月05日 10:36
>お釈迦さまは、ありがたいです。ここまで心配してくれているのです。

ワンギーサ先生が、この詩を捉える仕方に、ワンギーサ先生のやさしさが溢れているのを感じます。
僭越ですが、仏法僧を通じて、ブッダの心が確実に受け継がれているのを感じます。有難いです。

>あすかさん、
ご感想を頂きましてありがとうございます^^

>死は怖いものでの特別なものでもなく
変化の過程にすぎないのですね。

仰る通りだと思います。生も死も生滅変化の一過程に過ぎないのだと思います。一切の形成されたものは無常・苦・無我だと言われます。言葉にとらわれることなく、現象を乗り越えた世界は、いつの時代でも、どの場所でも、人間であれば、見つけられうるものだと思います。自ら確かめよ、と言われる所以だと思います。
こころざし
2015年11月27日 08:52
働いていく中で、生活する為に賃金を得る事の大切さを学びます。その希望金額はその人により違うと思いますが、多くても少なくても工夫して生きていける能力が必要になるように感じます。そして働く事を通じて人との関りや何方かのお役に立てる事の重要性を思います。自分勝手な姿勢ではそれらは容易にいきずまると思われます。
今お金があれば仕事を暫くやめて、どんと修行したい気持ちがあります。ですがそれは妄想ですよね。今の中でも出来る事を志を持って実施して参りたいです。