若い時 こころ育てず 働かず その人老いて 嘆き悲しむ(156)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


アチャリトゥワー  ブラフマチャリヤン
Acaritvā       brahmacariyaṃ,
行わない       梵行を

アラッダー  ヨッバネー    ダナン
aladdhā    yobbane      dhanaṃ;
得ないで   青年期において  財産を

セーンティ   チャーパーティキーナーワ
Senti      cāpātikhīṇāva,
横たわる    捨てられた弓のように

プラーナーニ   アヌットゥナン
purāṇāni     anutthunaṃ.
過去のことを   嘆き悲しむ


○直訳
青年期において梵行を行わない
財産を得ないで
(彼らは)捨てられた弓のように横たわる
過去のことを嘆き悲しむ


○意訳
若い時、心を育てることもなく
働くこともない人は
壊れた弓のように捨てられて
昔の事を後悔し、嘆き悲しむ


○一口メモ
この詩は昨日の詩と一行目と二行目は同じです。
若い時の生き方について後悔して、嘆き悲しむことがこの詩の特徴です。

後悔について、スマナサーラ長老の著書「心の中はどうなってるの?」(サンガ)の110頁に次のように書いてあります。

「後悔(クックッチャkukkucca)」は自分を責めることです。「後悔」には「よいことをしなかった」と「悪いことをした」という二種類があります。
人は、「私は悪いことをした、とんでもないことをした、失敗した、恥ずかしいことをした」と後悔したとたんに、心が暗くなって、心のエネルギーがなくなります。すごく元気な人でも、後悔が心に入ったとたんに、風船が割れたようにしぼんでしまいます。「後悔」はすごい破壊力です。活動が、すぐその場でとまります。
「後悔」というのは、出てくる人にはとことん出てきます。「後悔」の心所(注)が強い人は、どんなことをしていてもすぐ後悔して、暗くなってしまいます。せっかくきれいな明るい心でなにかをしていても、少々のことで「後悔」の気持ちが入ると、白い布にあっちこっち汚れた点々が入ったようになって、結局は全体的に心が汚れた状態になってしまいます。」
(以上引用終わり)注:心所とは心の要素のこと。

若い時の生き方の誤りが、老人になって「後悔」という誤りを引き起こすことになってしまうのです。

しかし、仏教のすごい所は、このような老人にも、あきらめずに正しい道を示しています。この詩で「第11 老いの章」が終わりますが、次の「第12 自己の章」の始めの詩で青年期、壮年期に怠けていた老人に如何に生きるべきか教えています。


「若い時 こころ育てず 働かず その人老いて 嘆き悲しむ」


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200904/article_19.html
http://76263383.at.webry.info/201002/article_26.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごとが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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この記事へのコメント

カエルくん
2012年08月05日 04:55
おはようございます。

反省はしても後悔はしないように気をつけています。
それでもなかなか難しいですね。
一瞬一瞬失敗のないように生きたいのですが、実際は毎日失敗の山です。
それに仏教に出会う前、怒りをモチベーションにして過ごしていたころのことを思うと…。
でも明日から、青年期に怠けていた私でも立ち直れるように、心の持ちようを教えていただけるとのこと。
楽しみです。
noritarou
2012年08月05日 10:24
後悔と、懺悔は、似ているようでも全然違いますね。
私にとって後悔は、自我がする行為です。それに対して、自我がなくなり懺悔の心がやってくる場合、悪行した心が慙愧を感じ、回心し癒され、エネルギーに満たされるように思います。
昨晩、打上げ花火を目の前で観ることができました。空中で花火が開いた瞬間、「ブッダによる生きとし生けるものが幸せでありますようにという慈悲心」が花開いたように感じ、終始静かで穏やかな気持ちでいることができました。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
あすか
2012年08月05日 10:52
私もとことん後悔する人でした。
今もすぐ後悔が顔を出します。
浮かんでくるのは止められませんが
「あ、後悔が出ている。
 そこから学べることは何かな、
 今できることは何かな」
と考えできるだけ早く「今」に
戻るよう練習しています。
こころざし
2015年11月27日 08:56
過去の過ちや失敗を思うと、さっと心が曇る事を実感致します。ですがそれで今の心が暗くなる損さも思います。後悔ではなく反省と改善点ももとに、今をより心曇らないように生きて参りたいです。
日常で自分勝手な人ほどその自分勝手さに気が付かず、周囲が離れていった状況から生きずらくなり、周囲のせいでこうなった等の発言をして新しい場所にいくような方を見ることがあります。心を育てる大切さを実感する機会です。
慈しみの気持ちをもって、そして心を成長させて参りたいです。