勝ち負けを 超越すれば 現れる 真の幸せ 気楽に生きる(201)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。

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○子供のためのダンマパダ

勝てばうらまれるし
負ければくやしい
だから賢い子供は
戦わずに仲良く遊ぶ


○パーリ語原文と訳語

ジャヤン  ウェーラン  パサワティ
Jayaṃ    veraṃ    pasavati,
勝者は    怨み    生む

ドゥッカン  セーティ  パラージトー
dukkhaṃ   seti     parājito;
苦に     臥す    敗者は

ウパサントー  スカン   セーティ
Upasanto    sukhaṃ   seti,
静寂の者は    楽に    臥す

ヒトゥワー  ジャヤパラージャヤン
hitvā     jayaparājayaṃ.
捨てて    勝利と敗北を


○直訳
勝者は怨みを生む
敗者は苦に臥す
寂静の者は勝利と敗北を捨てて
楽に臥す


○一口メモ
勝負とは何でしょうね。小さな子供でも勝つことは好きで、負けるのは嫌いです。勝負に勝ちたい、負けたくないということは本能のようです。これは、どうしても生きたい、死にたくないという本能と結びついている事柄だと思います。生命は生きるために、食べ物を獲得するために、あるいは子孫を増やすために、勝負をしなければならない時があるように思っているのです。その時は勝たなければならないのです。負ければ生命は滅びてしまいます。ですから、勝ちたくて、負けたくないのです。

ですから、この詩で述べているように、勝者は喜んでいるかもしれませんが、敗者から怨みを買うのです。怨みを買うことは、非常に危険なことです。いつ反撃されるか分からないのです。また、敗者は、悔しくて、苦します。よく考えれば、勝っても、負けても良いことはありません。ではどうしたらよいのでしょうか。

この詩では「寂静の者は勝利と敗北を捨てて楽に臥す」と教えています。「寂静の者」とは悟った人のことです。この人は勝負の本質を知って、勝っても負けても損である勝負を捨てた人です。勝負することを止めたのです。しかし、勝負を止めることができるのでしょうか。

それは勝負の目的を知り、智慧を出せば簡単にできることです。たとえば、最悪の勝負があります。それは戦争です。戦争の目的は戦争をするそれぞれの国にあります。その目的を解決するように両国で考えればいいのです。戦争をすると、目的の解決ではなく、多くの生命が奪われ、両国の人々の幸福が破壊されるのです。それは非常に無駄で惨めなことです。そんな犠牲を払うことを考えれば、問題は解決できると思います。

両国民が智慧を出せば解決できることです。その時、必要なことは、一人ひとりが自分の心から貪欲をなくし、怒りをなくし、愚かさをなくすことなのです。難しいことですが、努力する必要があるのです。

勝ち負けを 超越すれば 現れる 真の幸せ 気楽に生きる(201)


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200807/article_12.html
http://76263383.at.webry.info/200905/article_25.html
http://76263383.at.webry.info/201004/article_3.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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この記事へのコメント

あすか
2012年09月15日 07:22
戦わない、争わない、競わない、…。
幸せの秘訣ですね。

幼い頃からヒーロー物を見たり、
勉強でも仕事でも競うことを学び、
ちょっと心配です。

実社会で勝負の放棄は難しいですが、
不殺生戒などと同様、智慧開発の
よい訓練になりますね。

勝てば幸せでしょうか?
いろいろよく観察してみます。
今日も皆が幸せでありますように。
カエルくん
2012年09月15日 18:01
こんにちは。
競争、争い、勝負事、苦手です。
勝っても負けても楽しくありません。
勝ち負けに巻き込まれない、第三のポジションはないかどうか、いつも探してしまいます。
智慧を使って頑張ろうと思います。
こころざし
2015年12月11日 08:33
20代の頃始めたあるスポーツに夢中になり、何処まで上手くなるか・試合で勝てるかに挑戦した時期があります。ある一定まではするする行けても、ある所までいくとそれ以上になるのは難しい壁があると思い知らされました。
そんなある時、長老の本に「球をあっちにやったりこっちにやったりする事で喜んだり・悲しんだりするのは、おかしくないですか」との様に書かれているのを拝見し、ハッとしました。
今健康な体があるのはその時に鍛えた?からかもしれませんが、勝ち負けではない→智慧が持てるような生き方を精進したいです。