法津(のりつ)如来 の独り言

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zoom RSS 情からは 憂いと恐れが 生まれる 情から離れ それらをなくせ (213)

<<   作成日時 : 2012/09/26 04:13   >>

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阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


○子供のためのダンマパダ

かわいいペットが病気になった
心配だ、心配だ、死んだらどうしよう
しかし、生まれたものは必ず死ぬものだ
ペットが死んでも、泣きません


○パーリ語原文と訳語

ペーマトー  ジャーヤティー  ソーコー
Pemato    jāyatī       soko,
愛情から   生まれる      憂いが

ペーマトー  ジャーヤティー  バヤン
pemato    jāyatī       bhayaṃ;
愛情から   生まれる     恐怖が

ペーマトー   ウィッパムッタッサ
Pemato     vippamuttassa,
愛情から    解放された者には

ナッティ  ソーコー  クトー   バヤン
natthi    soko    kuto    bhayaṃ.
ない    憂い    どうして  恐怖が


○直訳
愛情から憂いが生まれる 
愛情から恐怖が生まれる
愛情から解放された者には
憂いがない、どうして恐怖が(あるだろうか)


○一口メモ
今回の詩は昨日(212番)のPiyato(愛するものから)がPemato(愛情から)に変わっただけの詩です。

しかし、じっくり味わって下さい。
「愛するものから憂いが生まれる」「愛するものから恐怖が生まれる」
「愛情から憂いが生まれる」「愛情から恐怖が生まれる」
今まで、あまり思ったことのない感覚です。
「愛するもの」と言うと「愛する対象」であり、「愛情」というと「自分の気持ち」というような違いがありますが、両者とも、憂いや恐怖を生むものだったのですね。今までは、自然に「愛するものから喜びが生まれる」「愛情から喜びが生まれる」とだけ思っていたのです。

昨日、引用したカエルくんのコメントの中の至言「『愛とは執着のこと。手放すのが正解ですよ』とお釈迦さまが諭してくださったような気持になりました。救われました。」をも一度引用します。その通りで、愛情も執着するのではなく、手放すのが正解です。憂い、恐怖がなくなります。

毎回タイトルにしている短歌は、愛情を二つに分けて昨日は「愛からは」、今日は「情からは」となり、自分ながら上手く行ったと思っています。

愛からは 憂いと恐れが 生まれる 愛から離れ それらをなくせ (212)
情からは 憂いと恐れが 生まれる 情から離れ それらをなくせ (213)


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200807/article_21.html
http://76263383.at.webry.info/200906/article_5.html
http://76263383.at.webry.info/201004/article_11.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。昨日今日と実に学ばさせて頂きました。
「愛とは執着」いつの間にかはまってしまっています。

執着を離れ、相手の立場に立って思いやりを持つ。

堅持していくべきと思いました。
蒼氓
2012/09/26 07:27
短歌はおぼえやすく、
子どものための、はわかりやすく、
原文と直訳は単語などの
細かいニュアンスの確認に、と
このブログいろいろ役に立ちます。
過去の回をみれば
日本語訳もありますし。
解説もそれぞれ異なる視点からなので
とてもためになります。
先生、ありがとうございます。

カエルくんのように物を手放し
物への執着を手放す訓練を。
そして今日は物だけでなく、一緒に
気持ちも手放すにステップアップ。
邪見もたくさんあるので
これも手放さなくては。^^;
あすか
2012/09/26 08:30
私が一番愛着しているのは、この思考です。
私がいて、感じて反応して、思ったりすることです。
腹の上下を観察して落ち着いたり、真理を想って静かになるとき、そこでもいるのは私が在るという意識です。
とても穏やかで平和ですが、それでもそこに無意識のうちに愛着しています。
楽になること、喜んでいることを欲しているように感じます。
息を吐いて、苦しいから息を吸いたいように。
どんな楽や喜、苦しみがあろうとも、人生は続いていくとは、なんと残酷なことかとも思います。
喜び・苦しみも、ただ観察していれば、いいのでしょう。皆様とともに精進します。
noritarou
2012/09/26 10:15
ワンギーサ長老様
ゴータマ・ブッダは過去世で何回出家されたことがあるのでしょうか?正確に分からなくても、少なくとも何回以上というような回答でもよいので教えて頂ければ幸いです。
asakura
2012/09/26 10:39
こんにちは。
ペットが死んでも、親しい人が死んでも、やはり泣いてしまいます。生き物はいずれ死ぬものと「分かっていても」、本当には納得していないのだと思います。
物を手放すのは目に見えるので実行しやすいのですが、気持ちの方は果たして手放せているのかどうか心もとないです。修行しつつも実生活は続いているので、親しい人と会わないわけにいかないし、嫌いな人とももちろん顔を合わせます。
好きな人に嬉しいことを言われても大喜びしないこと、嫌いな人にいやなことを言われても怒らないこと。要するに誰かに何かを言われても動揺しないことを心がけています。こんなやり方でいいのかなあと悩みつつですが…。
皆様についていけるように、精いっぱい頑張ります。
カエルくん
2012/09/26 13:56
以前職場で、大事にしているペットの犬が死にそうで仕事が手につきません、昼休みには飛んで帰って犬のお世話をしています・・との話を聞いた時に、何か違和感を持ちました。そしてその方はそれ程迄に生き物を大事にしている凄い自分・・的なPRがあるようにも感じました。
愛するものから憂いや恐怖が生じる事を実感致します。執着しない生き方を目指したいです。
タイトルにしている短歌の「愛情を二つに分けて昨日は「愛からは」、今日は「情からは」となり、自分ながら上手く・・」は大変良く出来ている印象を感じました。(このような記載がよいのか分かりませんが)座布団3枚!と思います^^
こころざし
2015/12/15 06:33

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