気づきなく 果実求める 猿のよう 渇愛増やせば 輪廻続ける(334)

○子供のためのダンマパダ。
・・・
ほしい、ほしいと言う子は
ほしい思いが大きくなって、
ほしい思いで
お腹がふくれて苦しくなるよ。


○パーリ語原文と訳語

マヌジャッサ  パマッタチャーリノー
Manujassa    pamattacārino,
人間の     放逸な 行いをする

タンハー  ワッダティ  マールワー  ヴィヤ
taṇhā    vaḍḍhati    māluvā    viya;
渇愛は   増大する   つる草    のように

ソー   プラワティー  フラーフラン
So    plavatī      hurāhuraṃ,
彼は   漂う      この世あの世を

パラミッチャンワ   ワナスミ   ワーナロー
phalamicchaṃva    vanasmi   vānaro.
果実を求めるように  森で     猿が


○直訳
放逸な行いをする人間の
渇愛はつる草のように増大する
彼はこの世あの世を
森で果実を求める猿のように漂う


○意訳
気づきのない行ないをする人には
つる草のように渇愛が増える
彼は森で猿が果実を求めるように
この世あの世を輪廻する


○一口メモ
この詩から「第24 渇愛の章」がはじまります。26の詩で渇愛について述べることになります。ダンマパダは26章、423の詩で構成されていますから、この詩集の佳境、終盤になりました。初めて読まれる方は、すでに述べたことを前提に書かれていますから、難しいかもしれません。よく理解するためには、始めから読んだ方がよいかもしれません。また、この詩の説明はこのブログでは四回目ですので、私が説明を省略している部分もあります。一番初めの記事の方が丁寧な所もあります。ですから、下の参考記事を参照されることをお勧めします。

さて、まえがきが長くなりました。この詩のキーワードは、「気づき」と「渇愛」と「輪廻」です。この三つの言葉はこの詩のキーワードでありますが、仏教のキーワードでもありますから、仏教の重要は言葉なのです。それどれの言葉をすでに何回も説明しました。「気づき」は、ダンマパダの第2章が「気づきを怠らないの章」でしたから、そこでも詳しく説明しました。

今日は「気づき」と「渇愛」の関係について考えましょう。「渇愛」とは「気づき」がない時、心に現れるものです。また「気づき」とは心に「渇愛」が現れないようにする心の働きです。

ブッダは渇愛が人間(生命)の苦しみの原因だと発見されて、渇愛をなくすことで人間は苦しみをなくすことができるのだと教えておられます。また、苦しみの連鎖である輪廻転生も渇愛をなくすことで、断ち切ることができるのだと教えておられます。

この詩では渇愛を「猿が果実を求めるように」と表現しています。その時の猿の気持ちが渇愛です。もう少し具体的に調べて見ましょう。猿は果実を見ました。その時猿の心に現れた気持ちが渇愛です。果実を欲しいと思っているのです。そして果実を取りに行くのです。人間の心にもいつもそのような気持ちが心に現れています。何かを見る度に、何かを聞くたびに、何かの香りを嗅ぐたびに、そのような気持ちがあらわれます。

そしてそれに対する執着があらわれます。その執着は心を苦しめ始めます。その時、その執着は「何としてでも生きたい」という執着になります。その心のエネルギーは肉体が壊れても、その心のエネルギーは残ります。それが再度生まれるという輪廻を作り出すのです。これは理解できなくとも問題ありません。ただこの詩の後半の説明として書きました。

気づきがなければ、心に渇愛が生まれ、執着が生まれ、心が苦しむということになるのですが、気づきがあれば、何かを見た時(感覚)、見た(感覚)だけで済ますことができます。見るだけで済ますことができれば、渇愛はうまれません。心は苦しむことはないのです。気づきには智慧が伴っているのです。その智慧で渇愛が生まれる前に、感覚で止まるのです。渇愛が生まれなければ、苦しみも輪廻もとまります。

しかし、気づきがない時、この詩で述べられているように、渇愛はつる草のように増え、蔓延し、苦しみ、輪廻を続けることになるのです。


気づきなく 果実求める 猿のよう 渇愛増やせば 輪廻続ける(334)


○スマナサーラ長老のこの詩に関する御説法
この御説法は日本テーラワーダ仏教協会のHPにアップされていません。
2011年12月号のパティパダーの巻頭言に掲載されています。


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
*334~337.気づきのない行いをする人はつる草のように渇愛が増える
http://76263383.at.webry.info/201006/article_28.html

*334.気づきなく果実求める猿のよう渇愛増やせば輪廻続ける
http://76263383.at.webry.info/200908/article_22.html

*334.気付きなく果実求める猿のよう渇愛増やせば輪廻続ける
http://76263383.at.webry.info/200810/article_13.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~お知らせ~~~~~

◎年末年始も、ゴータミー精舎での自主瞑想会は常通り行います。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。

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この記事へのコメント

カエルくん
2012年12月31日 09:43
こんにちは。
大晦日ですね。
いろいろあった1年ですが、先生のブログと皆様のコメントに励まされて乗り切ることができました。このブログが真面目に生きる杖のようなものだったと思います。ありがとうございます(*^^*)
来年もコツコツと精進を続けることができますように。

今日の詩ですが、いま必要がないのに欲しいものがいくつかあるので、どきりとしました。
物欲を減らすには、お掃除が一番です。大掃除、頑張ります。

先生、皆様、良いお年をお迎えください(^^)/
あすか
2012年12月31日 12:11
渇愛、満足させようと思っても
きりがありません。
その事実をしっかり観察して
渇愛自体を手放すしか
幸せになる道は無さそうですね。

先生、皆さんと学べた一年、
おかげでここまでこれました。
ありがとうございます。
ささ
2012年12月31日 23:56
こんばんは。
先生、毎日学ばせて頂きありがとうございます。今日は渇愛と気づきの関係についての解説に、なるほどとまた新たな発見がありました。

今年は先生にお声がけ頂いた事をきっかけに、今までできなかった事に少しずつチャレンジする事が叶いました。
大きな一年となりました。

先生、皆さま。色々と学ばせて頂きありがとうございました。
よいお年をお迎えください( ^ ^ )
こころざし
2016年01月14日 23:20
果実を目にした猿が自分だったら、その果実を取る事ばかりに盲進すると思います。その果実が本当に必要か?等を考える余裕はないと思われます。
気づきをもって見た(感覚)だけで済ます事が出来れば、その果実は本当に必要なものか等、多少の智慧を持つことも出来ると思います。
気づきを持って渇愛に繋げていかないように・渇愛を持たないようにして参りたいです。