法施法味 法楽最高 渇愛の 滅尽こそはすべてに勝る(354)

○子供のためのダンマパダ。
・・・
最高のプレゼントは何だろう?
それは幸福になる方法。
最高の味は何だろう?
それは真理の味。
最高に楽しいことは何だろう?
慈悲の瞑想やヴィパッサナー瞑想。
すべての苦しみをなくすためには?
ほしいという気持ちをなくすこと。


○パーリ語原文と訳語

サッバダーナン  ダンマダーナン   ジナーティ
Sabbadānaṃ    dhammadānaṃ   jināti,
すべての布施に  法施が       勝つ

サッバラサン  ダンマラソー  ジナーティ
sabbarasaṃ   dhammaraso   jināti;
すべての味に  法味が      勝つ

サッバラティン  ダンマラティ  ジナーティ
Sabbaratiṃ    dhammarati   jināti,
すべての楽に   法楽が     勝つ

タンハッカヨー  サッバドゥッカン  ジナーティ
taṇhakkhayo    sabbadukkhaṃ   jināti.
渇愛の滅尽は   すべての苦に    勝つ


○直訳
すべての布施に法施が勝つ
すべての味に法味が勝つ
すべての楽に法楽が勝つ
渇愛の滅尽はすべての苦に勝つ


*法施とは、ブッダの教えを他人に説き聞かせることです。
*法味とは、ブッダの教えを実践、体得して感じるものです。
*法楽とは、ブッダの教えを実践、体験して感じる喜び、楽しみのことです。


○一口メモ
この詩も因縁物語に基づいて考えてみましょう。あるとき三十三天の神々は、次の四つの疑問を持ちました。①いろいろな布施の中で最高のものは何か?②いろいろな味の中で最高のものは何か?③いろいろな楽の中で最高のものは何か?④なぜ渇愛の滅尽がすべての苦に勝るのか?神々はいろいろ考えましたが、分かりませんでした。そこで、三十三天の王であるサッカに訊ねましたが、サッカ王も分かりませんでした。最後に、神々はブッダを訊ねました。その時、ブッダは上の詩で答えられたということです。

しかし、なぜブッダがこのようにお答えになったのか理解する必要があります。神々がどうしても分からずに、ブッダの所に聞きに行った問題ですから、簡単には答えられません。各自考えてみて下さい。一応、私の考えを述べますが、正解とはかぎりません。でも参考にしてください。

①仏教の修行で一番大切なことは善友を得ることです。善友と親しむことが仏道のすべてだとまで言われて言われます。それは何故か。善友から法施を得られるからです。善友からの法施なしに、苦しみの悪循環から抜けでることができないのです。その故に、そこから考えると法施は一番ありがたいものだと言わざるを得ないのです。

②ブッダの教えはいろいろありますが、そのすべては一味があると言われています。それは涅槃の味なのです。「涅槃は最高」といわれますから、涅槃の味は最高なのです。そうするとそれは仏教の味です。それならは仏教の味が最高なのだと思います。

③欲界の生命の喜び楽しみは欲が満たされた時感じるものです。しかし、欲や怒りから離れた時の喜び楽しみがあるのです。それが法楽です。それは欲界の楽とはかけ離れたものです。その楽は最高なのです。

④なぜ渇愛の滅尽がすべての苦に勝るのか? これは前三問と少し性質が違います。渇愛が苦の原因なのです。すべての渇愛がなくなった時、その原因がなくなったのですから、すべての苦がなくなります。その意味で渇愛の滅尽はすべての苦に優るのです。


法施法味 法楽最高 渇愛の 滅尽こそはすべてに勝る(354)


○スマナサーラ長老のこの詩に関する御説法
この御説法は日本テーラワーダ仏教協会のHPにまだアップされていません。
2013年1月号のパティパダーの巻頭言に掲載されています。


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
*354.すべての布施に法施は勝つ
http://76263383.at.webry.info/201007/article_7.html

*法施法味法楽最高渇愛の滅尽こそはすべてに勝る
http://76263383.at.webry.info/200909/article_2.html

*法施法味法楽最高渇愛の滅尽こそはすべてに勝る
http://76263383.at.webry.info/200810/article_26.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~お知らせ~~~~~

◎1月18日(金)の夜、1月19日朝及び夜の自主瞑想会はお休みします。
ワンギーサがマーヤーデーヴィー精舎における新年祝福法要に参加するためです。

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

てくてく
2013年01月15日 08:21
おはようございます。
初学者なので恐る恐るですが、ひとつ質問いたします。
パーリ語原文と訳語の欄より発音のカタカナについてお伺いいたします。
  dhammaraso ですが、アルファベットを読むと、ダンマラソーに読めるのですが、どうして、ダンナラソーになるのでしょうか?
 dhammarati ですが、アルファベットを読むと、ダンマラティーーに読めるのですが、どうして、ダンマタティになるのでしょうか?
 文法上のことでしょうか?パーリ語の初学者なので、変な質問をしてすみません。毎日、このブログのパーリ語とカタカナを書き写しながら音読して勉強しています。毎日、パーリ語とカタカナを読み比べていると、なんだか、疑問が湧くようになりました。
 どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
ワンギーサ
2013年01月15日 09:30
てくてくさん、おはようございます。

ご指摘のとうりです。
私の書き間違いです。
直ぐに訂正いたします。
今後も疑問の点がございましたら、ご指摘ください。
ご指摘ありがとうございました。
kumetsu
2013年01月15日 09:53
私も考えてみました。

ブッダが説いた法(四諦八聖道)は、この法を聞いて実践した者の渇愛という苦因を滅尽することができ、これによってその者の全ての苦の滅尽(涅槃)という結果をもたらすことのできる唯一の法であるから、全人類その他の衆生にとって最高の宝である。

このようにして、渇愛の滅尽によって全ての苦が滅尽するのであるから、渇愛の滅尽は全ての苦に勝つ(優る)と言える。

ブッダが説いた法は全ての苦を滅尽するという最高の楽をもたらすのであるから、かかる最高の楽が、一部の苦を無くすだけの他の全ての楽に優るのは当然である。

ブッダが説いた法を実践することであらゆる苦の滅尽(涅槃)という最高の楽なる味(法味)を知ることができるので、この法味が、一部の苦を無くすだけの他の全ての味に優るのは当然である。

ブッダご自身と独覚を除けば、ブッダが説いた法を聞いた者のみがこの法を実践して苦の滅尽(涅槃)という最高の楽を達成できるのであるから、かかる法を他の者に説く法施こそが最高の布施であり、かかる法施が、他の全ての布施(その布施を受けた者にとって一部の苦をなくす効果があるにすぎないもの)に優るのは当然である。

以上、ちょっとしつこくて、すみません。

皆様に智慧の光が輝きますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
あすか
2013年01月15日 11:32
お布施はどれも善いでしょうが
皆が幸せになれる方法を
広めるたすけができれば
やはり何よりでは。

俗世間での喜びは一瞬で
満足するまもなく
次の欲などに変わります。
渇愛から離れた状態こそ
おだやかな幸せなのでは。

法味というのはニュアンスが
ちょっと難しいです。
今日のテーマ、宿題にして
じっくり考えます。
カエルくん
2013年01月15日 20:40
こんばんは。
直訳をなるほどなるほどと読み、先生の「皆さんも考えて見てください」で、はたと困りました。当然のことが書かれているとは思うのですが、例えば仏教徒以外の人に説明を求められたらどう答えるか考えました。
人は真理を知ることや体得することが最高の楽であり安らぎなので、法を教えることが最高の布施であり、法を体得することが最高の味であり楽であるのだと思う、と答えると思いました。
渇愛の滅尽がすべての苦に勝るというのは、仏教徒以外の人には分かってもらいにくいと思います。どう説明をするか…。あすかさんに習って宿題にしようと思います。
こころざし
2016年01月19日 19:46
・ブッダ・長老から法を教えて頂ける事
・法友のご縁を頂き共に学ばせて頂ける事
・言葉にするのは難しいと思われる涅槃の様子を少しでも感じる機会をられる事
・欲や渇愛が減り、生き易く成る事
これらの素晴らしさは日々実感しております。そのような機会心より大切にしながら、精進をして参りたいです。