他の人の もらったものを 羨んで 心を揺らす 比丘に定はない(365)及び(366)

○子供のためのダンマパダ。
・・・
お兄ちゃんはおじいさんに
チョコレートケーキをもらいました。
弟はおばあちゃんに
イチゴのショートケーキをもらいました。
二人はもらったケーキを
満足して食べましたとさ。
けんかはなかったね。


○パーリ語原文と訳語

サラーバン    ナーティマンニェッヤ
Salābhaṃ     nātimaññeyya,
自己の所得を   ない 軽んじ

ナーンニェーサン  ピハヤン   チャレー
nāññesaṃ       pihayaṃ   care;
ない 他人の物に   羨望を   行う

アンニェーサン   ピハヤン  ビック
Aññesaṃ      pihayaṃ   bhikkhu,
他人の物に     羨望する  比丘は

サマーディン  ナーディガッチャティ
samādhiṃ    nādhigacchati.
禅定に     ない 到達し(365)

アッパラーボーピ     チェー  ビック
Appalābhopi        ce    bhikkhu,
少ない所得といえども   もし   比丘が

サラーバン    ナーティマンニャティ
salābhaṃ     nātimaññati;
自己の所得を   ない 軽んじ

タン  ヴェー  デーワー   パサンサンティ
Taṃ   ve    devā     pasaṃsanti,
彼を  実に   神々は    賞賛する

スッダージーヴィン  アタンディタン
suddhājīviṃ      atanditaṃ.
清浄な生活をする   怠けない(366)


○直訳
自己の所得を軽んじない
他人の物に羨望を行わない
他人の物に羨望する比丘は
禅定に到達しない(365)

もし比丘が少ない所得といえども
自己の所得を軽んじない(ならば)
清浄な生活をする、怠けない
彼を実に神々は賞賛する(366)


○意訳
自分の得たものを軽んじないように
他人の得たものを羨まないように
他人が得たものを羨む比丘は
禅定に達しない(365)

たとえ得たものは少なくとも
自分が得たものを軽んじない比丘
怠ることなく清く生きる彼を
神々は賞賛する(366)


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。

2008年11月
*得たものは少なかろうと満足し清らかな比丘賞賛される
http://76263383.at.webry.info/200811/article_3.html

2009年9月
*他の人のもらったものを羨んで心を揺らす比丘に定はない(355)
http://76263383.at.webry.info/200909/article_9.html


○一口メモ
今回の二つの詩によく似た二つの詩を学んでいます。249番と250番です。
http://76263383.at.webry.info/200808/article_10.html
http://76263383.at.webry.info/200906/article_26.html
http://76263383.at.webry.info/201005/article_2.html
http://76263383.at.webry.info/201210/article_26.html

実に人々は信頼によって
浄心によって布施をする
その飲食に
不満を持つ彼は
昼も夜も
禅定に到達することはない(249)

そのような不満を断絶して
それを根絶し除去した彼は
昼も夜も
禅定に到達する(250)

今回の365番の詩、「自分の得たものを軽んじないように、他人の得たものを羨まないように」ということは、比丘(修行僧)にとっては、在家者にお布施してもらったものです。これは249番に述べられているように、人々の信頼、浄心によってお布施されたものです。それを軽んじたり、他人のもらったものを羨むなどとは、何とも情けない、卑しい態度です。もちろんこのような比丘の心は落ち着かず、禅定を体験することはありません。

また、366番「たとえ得たものは少なくとも、自分を得たものを軽んじない比丘」は、250番に述べられているように、「そのような不満を断絶して、それを根絶し除去した彼は」禅定に達するのです。


他の人の もらったものを 羨んで 心を揺らす 比丘に定はない(355)

得たものは 少なかろうと 満足し 清らかな比丘 賞賛される(356) 


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~お知らせ~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

みき
2013年01月25日 07:13
おはようございます、ワンギーサ長老、みなさん。他人のことと自分を比較して、他人をうらやむことは意識的にはしないように気をつけています。しかし、無意識的にもしているようです。
カエルくん
2013年01月25日 13:13
こんにちは。
人と自分とを比較、だいぶしなくなりました。
そうすると、かなり楽です。
あすか
2013年01月26日 12:14
出家こそしていませんが
食物も命をいただくわけですし、
報酬もまたしかり。
羨んだり不満を持つのでなく
感謝していただきたいものです。
こころざし
2016年01月23日 17:29
日常で、自分でない人が何か贈り物をされるのを見ると「何故僕にはないのか?」との嫉妬?欲?勘違い?がさっと出てくる事があります。そもそも贈り物がなくても困りませんし、卑しい以外の何者でもありません。そのような卑しさが出ないように・出てもすぐに消せるように戒めたいです。