渇愛は 三十六の 流れなり その激流は 彼を押し流す(339)

○子供のためのダンマパダ。
・・・
いちろう君は絵がすき。
あずきさんは歌が好き。
だいちゃんは食べるの好き。
だから悩みも違う。


○パーリ語原文と訳語

ヤッサ  チャッティンサティ  ソーター
Yassa   chattiṃsati      sotā,
彼に   36の        流れは
   
マナーパサワナー   ブサー
manāpasavanā     bhusā;
意を喜ばせる流れ   激しい

ワーハー  ワハンティ  ドゥッディッティン 
Vāhā    vahanti    duddiṭṭhiṃ,
運び手は  運ぶ     邪見者を

サンカッパー  ラーガニッスィター
saṅkappā    rāganissitā.
思考は     貪欲に基づく


○直訳
彼に三十六の流れ、
意を喜ばせる激しい流れが(あるなら)
運び手として、貪欲に基づく思考は
邪見者を運ぶ


○意訳
彼の心を喜ばせる流れ、
感覚を刺激する渇愛あれば
その欲しい、生きたいという思いは
苦しみの輪廻の流れに押し流す



○一口メモ
現象というものは良く調べてみると、いろいろな要素から構成されています。いろいろな要素を混ぜた状態ではその現象をよく理解できません。そこで、仏教ではよく観察して構成要素を発見して、その一つ一つをていねいに調べ、現象、物事を理解するのです。これを分析して理解するといいます。

例えば、生命は五蘊に分析します。色受想行識(身体、感覚、概念、意思、認識)に分けて理解するのです。

情報もその情報を受け取る感覚器官(眼、耳、鼻、舌、身、意)に分けて、またその対象(色、声、香、味、蝕、法)に分けて理解します。

渇愛いにもいろいろな種類があります。ただばくぜんと渇愛を受け止めていう状態では、渇愛を具体的には理解できず、その結果、渇愛に負けてしまいます。ですから、渇愛を分析して、それぞれの渇愛に対応するのです。

すべての渇愛を退治する必要がありますが、人には個性がありますから、眼からの渇愛に弱い人、音楽などの音からの渇愛、食べ物などの味からの渇愛に弱い人などいろいろおられるのです。各自それをよく理解する必要があります。

三十六の流れとは三十六の渇愛を意味します。
渇愛には三種類あります。
1.愛欲 : 色、声、香、味、触、五欲に対する渇愛(欲しい欲しいという思い)
2.有愛 : 生存に対する渇愛(生きたいという思い)
3.無有愛 : 虚無への渇愛(破壊したいという思い)
眼において上記の三種類の渇愛があります。同様に、鼻、耳、舌、身、意にそれぞれ三種類ありますから十八種類の渇愛があります。
渇愛の対象としての色、声、香、味、触、法でも渇愛が分類されますから、ここでも十八種類の渇愛があります。 以上により、十八に十八を加えて三十六の渇愛があるというわけです。これらの多数の渇愛はすべて快楽を求めて流れ、執着になるのです。そして苦しみを作り、輪廻の原因になるのです。


渇愛は 三十六の 流れなり その激流は 彼を押し流す(339)


○スマナサーラ長老のこの詩に関する御説法
この御説法は日本テーラワーダ仏教協会のHPにアップされていません。
2012年2月号のパティパダーの巻頭言に掲載されています。


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
*338~343.渇愛に捕まった人々はわなにかかったの兎ように震えてる
http://76263383.at.webry.info/201006/article_29.html

339~341.渇愛は三十六の流れなりその貪欲は彼を押し流す
http://76263383.at.webry.info/200908/article_26.html

339~341.渇愛は三十六の流れなり欲に基ずく見解運ぶ
http://76263383.at.webry.info/200810/article_17.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~お知らせ~~~~~

◎年末年始も、ゴータミー精舎での自主瞑想会は常通り行います。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

あすか
2013年01月04日 11:06
ほとんど欲に結びつかないもの
ちょっとがんばれば何とかなるもの
繰り返し努力しても手強いもの
それぞれ今世の課題が異なるのですね。

渇愛は満たそうとしても際限がなく
苦しみが増すばかりというのことを
しっかり観察すれば修行中の身でも
欲が減ってくるのかな。がんばります。
カエルくん
2013年01月04日 18:03
こんにちは。
人それぞれ弱点が違うとのこと。
人の弱点が気になるのは、自分の弱点を見ないふりしたいからなのだろうと思います。
自分がどんな渇愛に弱いのか、謙虚に観察したいです。
こころざし
2016年01月16日 07:55
自己啓発系にいた頃は、発想の転換!とか水晶を持てば・・等マジックのように悩みを解消する(うやむやにする?)様子を感じる事がありましたが、結局解決には至らないように思います。
こちらで学ばせて頂き、本文の「よく観察して構成要素を発見して、その一つ一つをていねいに調べ、現象、物事を理解するのです。これを分析して理解するといいます」が本当の意味での理解に繋がると実感しています。
ですが私は、また言葉による知識程度の浅さしか分かっておりませんので、冥想実践をして心でそれが分るように精進したいです。