怒らない 戒を守って 欲はなれ 輪廻を終えた 彼はバラモン(400)

○子供のためのダンマパダ。
・・・
先生に怒られても
お母さんに怒られても
じっと我慢して聞いている。
その態度は立派でしょう。


○パーリ語原文と訳語

アッコーダナン  ワタワンタン
Akkodhanaṃ    vatavantaṃ,
怒りのない     禁戒ある

スィーラワンタン  アヌッサダン
sīlavantaṃ     anussadaṃ;
戒を守る      欲のない

ダンタン   アンティマサーリーラン
Dantaṃ    antimasārīraṃ,
調御された  最後身の

タマハン  ブルーミ  ブラーフマナン
tamahaṃ  brūmi    brāhmaṇaṃ.
彼を私は  呼ぶ    バラモンと



○直訳
怒りのない、禁戒ある
戒を守る、欲のない
調御された最後身の
彼を私はバラモンと呼ぶ


○意訳
怒ることなく、戒を誓って戒を守り
欲を離れて、自制して
最後身に達した人
彼を私はバラモンと呼ぶ


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
2008年12月
*怒らない戒を守って欲はなれ輪廻を終えた彼はバラモン
http://76263383.at.webry.info/200812/article_8.html

2009年10月
*怒らない戒を守って欲はなれ輪廻を終えた彼はバラモン(400)
http://76263383.at.webry.info/200910/article_13.html


○一口メモ
この詩の因縁物語は次の通りです。ブッダが竹林精舎におられた頃、サーリプッタ長老は500人の弟子たちと共にナーラカ村に托鉢出かけました。そこのサーリプッタ長老の実家の前にたつと、母親が家から出てきて弟子たち全員にお布施をした後、息子のサーリプッタ長老に対しては「この残飯食い、ここには腐った残飯はない、どこか別の家からもらっておいで、お前はたくさんの財産を捨てて比丘になった。お前は私たちを没落させた。」と大声で激しくののしりました。その時、サーリプッタ長老は何も言わず、母親から布施をうけとると僧院に帰りました。この現場にいた弟子たちはサーリプッタ長老は母親に激しくののしられながらも、じっと耐えていたことを話しあいました。ブッダは「阿羅漢は決して怒らないものである。」と語り、上の詩「怒ることなく、戒を誓って戒を守り、欲を離れて、自制して、最後身に達した人、彼を私はバラモンと呼ぶ」と説かれました。

この詩も昨日の399番と同等に怒りを制御する阿羅漢であるバラモンについて語られています。

怒らない 戒を守って 欲はなれ 輪廻を終えた 彼はバラモン(400)


◎注目コメントについて

何日か前の記事に対するコメントは、見落とす方がほとんどだと思いますので、ここに引用します。参考のためにお読みください。

2013年2月24日の記事
バラモンは どんな未練も 断ち切って 怖いものなく 静かに生きる(397)

《ニックネーム》
イグレック
《内容》
中部経典 第四 恐怖経を読みました。
そこでお釈迦さまの仰る恐怖の取り除き方は、「歩く瞑想中に恐怖がやってきたら、それを観察して、恐怖がなくなるまで歩く瞑想を続ける」ということでいいでしょうか?

《ニックネーム》
ワンギーサ
《内容》
イグレックさん、おはようございます。
質問に答えます。
あなたは「恐怖経」を読んだと書いてありますから、大蔵出版の片山一良訳を読んだのだと思います。そうであるならば80ページの注2(注は424ページ)をお読みください。その本を持ってない方のために、引用します。
注2<伝えによれば、瞑想歩きしている菩薩に、獣の角や蹄の音などが恐怖の処縁としてやってきたとき、菩薩は立ち止まることもなく、臥すこともなく、ただ瞑想歩きをするのみで、考量し、思量し、恐怖をみることがなかった。ただ獣の角、蹄の音だけがそれとして生じた。かれはそれを、これだけのもの、恐怖ではない、と知った。それより立ち止まり、あるいは坐り、あるいは臥したという。>
つまり、ヴィパッサナー瞑想のやり方です。何かの音が聞こえた時は、「音、音、音」と実況中継すれば恐怖は消えるのです。恐怖は煩悩により現れる妄想が原因です。妄想をなくせば、恐怖はきえます。以上です。


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~お知らせ~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


◎2013年3月25日(月)~3月31日(日)はワンギーサが熱海における一週間宿泊自主冥想会を担当するために、ゴータミー精舎の朝晩の自主冥想会はお休み致します。
4月1日(月)からは通常通り朝晩の自主冥想会は再開致します。ご注意お願いいたします。


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この記事へのコメント

ぱん
2013年02月27日 10:32
よく母親とののしり合うので、
サーリプッタ長老のような生き方が出来たらなと思います。
欲や怒りをきれいさっぱりなくして、
競争社会から完全に足を洗えたらと思います。
あすか
2013年02月27日 11:38
誰が何を言った、とか、
どんなことがあった、とかと、
怒るか怒らないかは別問題。
どんな状況であろうと
おだやかでいたいものです。
カエルくん
2013年02月27日 17:33
こんにちは。
表面上の怒りは減りましたが、瞬間瞬間表れる怒りはまだまだ活発です(^^;
怒り撲滅まで、遠い道のりです。
イグレック
2013年02月28日 07:55
ワンギーサ様、恐怖経についてのお答えをありがとうございました。
もう一つ質問ですが、瞑想中に自分や身近な人の死を恐怖と感じるときは、どのようにしたらいいのでしょうか?
ワンギーサ
2013年02月28日 08:24
イグレックさん、それは妄想です。
妄想、妄想、妄想と実況中継してください。
ぱん
2013年02月28日 14:45
最近、死の恐怖が切実な瞑想課題です。
私も試してみます。
イグレック
2013年03月01日 01:40
ワンギーサ様、瞑想中についてのお答えをありがとうございました。
では普段、自分や身近な人の死について正しく考えるには、どうしたらいいのでしょうか?
ワンギーサ
2013年03月01日 04:57
イグレック、おはようございます。
日本テーラダーダ仏教協会「日常読誦経典」52ページにある「箭経」を繰り返しお読みください。
http://gotami.j-theravada.net/sallasutta.pdf
このアドレスでも読めます。
こころざし
2016年02月03日 07:46
自分の事は見えないような方が、こちらのせいにして暴言をする事があります。その時に、沈黙してみた所、自分の感情が暴走する事がなく、またその人も何かおかしい・・と気が付く機会に繋がった様子がありました。
自分に非がない時ほど、理不尽に怒りをぶつけられると、怒りが爆発しそうになります、ですが一旦停止も含めてそうでない成長した対応が出来るようになりたいです。