感覚を よく観察し 戒守り 満足知って 善友と親しめ(375)

○子供のためのダンマパダ。
・・・
やさしくて、怠けない、
友だちはいるかな。
そのような友だちと、
仲良くしなさい。


○パーリ語原文と訳語

タトゥラーヤマーディ  バワティ
Tatrāyamādi       bhavati,
その時これは初めに    有る
 
イダ  パンニャッサ  ビックノー
idha   paññassa    bhikkhuno;
この  智慧のある   比丘にとって

インドゥリヤグッティ  サントゥッティ
Indriyagutti       santuṭṭhi,
感官の守護       満足

パーティモッケー  チャ  サンワロー
pātimokkhe     ca    saṃvaro.
戒条において    また   防護
   
ミッテー  バジャッス  カルヤーネー
Mitte    bhajassu    kalyāṇe,
友に    親しめ     善い
 
スッダージーウェー   アタンディテー
suddhājīve        atandite;
清浄な生活の      怠けない


○直訳
この智慧のある比丘にとって
その時これ(次の事)は初めに有る 
感官の守護、満足
また、戒条において防護、
清浄な生活の怠けない
善い友に親しめ


○意訳
智慧のある比丘が
先ず行うことは
感覚を守ること、満足を知ること
戒律は遵守すること
生活が清浄で怠けない
善友に親しむこと


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
2008年11月
*感覚をよく観察し戒守り満足知って善友と親交
http://76263383.at.webry.info/200811/article_12.html
 
2009年9月
*感覚をよく観察し戒守り満足知って善友と親交(375)
http://76263383.at.webry.info/200909/article_18.html


○一口メモ
2008年11月のこの詩に関する記事に「新さん」がコメントしています。新さんは2008年10月2日のブログから、私がこのブログを2010年7月10日に中断するまで、毎日私の記事にコメントしてくれました。それに私は非常に励まされました。また、読者の中にも新さんのコメントから学ぶことが多かったのではないかと思います。

さて新さんのコメントですが、次の通りです。
「ワンギーサさん、おはようございます。この四つの項目、何故四つなの?という疑問が生じました。あくまで私見ですが、これらは日々の生活の中で油断すると極めて手抜きしやすい内容だと思います。そして、その手抜き行為で「不幸」を即味わってしまい、生活が乱れるような気がします。だから、日々幸福になりたければ、この四つの実践はすこぶる大切なのでしょう。有難うございました。」

それに対する私の返答。
「新さん、おはようございます。疑問に対する私見ですが、釈尊は人に応じて説法されますので、人によって必要な項目が異なるのだと思います。ですから、私たちは自分の実践の参考にするという態度が必要なのだと思います。」

しかし、今ではこれとは異なる返答をすると思います。先ず四項目とはこの詩にある明確にしておきましょう。
1.感覚を守ること。
2.満足を知ること。
3.戒律を遵守すること。
4.生活が清浄で怠けない善友に親しむこと。

この四項目は「これらは日々の生活の中で油断すると極めて手抜きしやすい内容だと思います。」また「人によって必要な項目が異なるのだと思います。」という程度の項目ではないのです。ブッダの指導の根幹で、いつもこれについて説かれている内容なのです。

1.感覚を守ること。これは心を守ることです。感覚によって心に煩悩が現れるからです。これは比丘の中心の仕事であり、修行者このようにあらなければならないのです。これが瞑想(定)なのです。

2.満足を知ること。満足しないから、欲や不平、不満が生まれるのです。感覚を守り、満足を知ることで、煩悩をなくすことができるのです。言うまでもないことですが、満足を知るとは、ある物で満足し、それに感謝や喜びを感じることです。満足を知る人はいつでもどこでも幸せでいられるのです。これは智慧なのです。

3.戒律を遵守すること。世間では戒律を守ることは辛いこと、強制されることのように感じている人が多いと思いますが、実はそうではないのです。戒律こそが比丘の生活を守っているのです。戒律を守ることで、「1.感覚を守ること。」も「2.満足を知ること。」もできるのです。

以上の三つは仏教修行の戒定慧です。

4.生活が清浄で怠けない善友に親しむこと。仏教修行の初心者にとって、善友に親しむことは第一重要課題です。それは仏法を教えてもらい、八正道に基づく生き方は善友がいなくてはできないのです。しかし、生活が清浄で怠けない善友は、智慧のある比丘にとっても必要なのです。修行の最終段階は大きな困難があります。煩悩の激流を渡りきらなければなりません。生活が清浄で怠けない善友がいることはありがたいことなのです。その意味では仏道の始めから終わりまで善友に親しむということは不可欠なことなのです。

今返答すれば、このようになると思います。


感覚を よく観察し 戒守り 満足知って 善友と親しめ(375)


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~お知らせ~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

カエルくん
2013年02月03日 08:42
こんにちは。
このブログを毎日拝見することが、私の励みです。
今日も一日頑張ろうと、奮起します。

先日の七覚支の解説から、以前出版されたスマナサーラ長老の七覚支の本を思い出して読み返しました。前に読んだときとは違う箇所が心に残り、自分自身の変化を感じました。
いまの私に必要なことは、眠りすぎることを戒めることかな、と思います。
陸伝
2013年02月03日 12:04
涅槃の境地を目指したとき、通れる道は一つしかない、ということを思いました。

ともすれば世間の様々な事象により混乱してしまっていますが、真理はとてもシンプルであるということをお聞きしています。

この四つの項目についてよく考察をしながら、日々精進して参りたいと思います。
あすか
2013年02月03日 20:10
ダンマパダひとまわりしたら
コメントは終わりにしようかな
とも考えたのですが、
毎回新たな学びがあるのですね。
やっぱり続けます。^^
こころざし
2016年01月26日 07:38
同じ県内の方と法友のご縁を得られ、色々教えて頂けました。芯がなくてフラフラしそうになる自分を戒め、何が大事かや方向性をアドバイス下さいました。
その中でも、家庭・仕事から冥想合宿など参加困難と思っていた私に「それでも参加する必要がある」と背中を教えて下さった事はその後の大きな転機のきっかけになりました。
善友のご縁を心より大切にさせて頂きながら、感覚の制御を怠らずに行って参りたいです。