仏教を 確信した 修行者は 諸行寂止の 境地に至る(381)

○子供のためのダンマパダ。
・・・
お釈迦さまに、
見とれていても、
賢くならないよ。
言われたことを、
よく守って行いなさい。


○パーリ語原文と訳語

パーモッジャバフロー  ビック
Pāmojjabahulo      bhikkhu,
喜びの多い       比丘は

パサンノー  ブッダサーサネー
pasanno    buddhasāsane;
信じる    ブッダの教えに

アディガッチェー  パダン  サンタン
Adhigacche     padaṃ   santaṃ,
到達するだろう   境地に  静寂な

サンカールーパサマン   スカン
saṅkhārūpasamaṃ     sukhaṃ.
行の止滅した       幸福な


○直訳
ブッダの教えに喜びの多い
信じる比丘は
行の止滅した幸福な
寂静な境地に到達するだろう


○意訳
ブッダの教えを歓喜して
確信する比丘は
諸行の静まった安楽な
静寂な境地に到達するだろう


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。

2008年11月
*仏教を確信した修行者は諸行寂止の境地に至る
http://76263383.at.webry.info/200811/article_17.html

2009年9月
*仏教を確信した修行者は諸行寂止の境地に至る(381)
http://76263383.at.webry.info/200909/article_23.html


○一口メモ
サーヴァティに住むバラモン僧のヴァッカリーは、たく鉢中のブッダを見て大いに感動しました。そのためブッダのそばにいたいと強く望み、サンガに入団しました。その後もブッダのそばから離れることはありませんでした。ブッダはこの弟子の様子を見て、「私の顔ばかりみても役に立たない。私の教えを学習し、実践しなさい。正しい真理が見えなければ、私の真の姿が見えないのと同じである。私から離れて、修行しなければならない。」と指導しました。ヴァッカリー比丘はこの言葉を「ブッダは私を嫌っている。」と誤解して、霊鷲山の頂上から飛び降り自殺をしようとしました。その瞬間ブッダは光明を持って、彼の前に現れました。ヴァッカリー比丘はその姿に大変喜び、悲しみも消えました。その時、ブッダは今回の「ブッダの教えを歓喜して、確信する比丘は諸行の静まった安楽な静寂な境地に到達するだろう。」と説かれました。この説法によって彼は阿羅漢を得たということです。

なんとなくストーカーのような話しですが、心底ブッダの教えに、惚れ込んで、その教えに喜び、確信することができれば、それだけで預流果という話しも聞きますし、その確信から、諸行(全ての心の要素)が静まって、阿羅漢の境地に至ることができるのでしょう。

明日の詩が終われば、「第25 比丘の章」も終わります。そうすれば残りは「第26 バラモンの章」だけです。ダンマパダも終わりに近づきました。これからどうするか?

このブログ「困った時はダンマパダ」の目的は「ダンマパダ」の普及でした。その点から考えると、その道はまだまだです。まだまだ、圧倒的多数の日本人はダンマパダを知らないでしょう。しかし、ダンマパダ普及の目的はブッダの教えを知ってもらいと言うことです。そのことは、スマナサーラ長老を始め、賢い先生方が御努力をされ、少し少し前進しているようにも思えます。

そこで、私は少し、目先を変えて、他の分野からブッダの教えの普及を追求しようと思い始めました。ダンマパダのシリーズが終わりましたら、他の経典の紹介を始めようと思っています。よろしくお願いします。


仏教を 確信した 修行者は 諸行寂止の 境地に至る(381)


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~お知らせ~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

あすか
2013年02月08日 06:55
拝んでいればあら不思議、なんて☓。
自ら実践するのが大切なのですね。

確信すらまだまだです。
「瞑想を毎日やったからって、」
などというマーラが時々現れて…、
それでも善くない心に従うのでなく、
善い心に従ってとがんばっています。

ダンマパダからはたくさんのことを
学ばせていただきました。
これからもよろしくお願いします。
てくてく
2013年02月08日 07:00
おはようございます。
ダンマパダのみならず、他の経典も学べるようになること、とてもワクワクします。
これまでも、一口メモに参考経典のご紹介やリンクが載っているのを見つけると、より一層の学ぶ機会を与えられたような気がしてワクワクしました。
毎日、楽しみにしています。パーリ語も勉強できるブログはなかなか見つからないので、原文も合わせて学べるように続けて欲しいです。
生きとし生けるものたちが幸せでありますように。

なかじま
2013年02月08日 09:14
パーリ語ダンマパダを始めたところだったので、ちょうど四巡目が始まるのを期待していました。でもこの膨大な三巡が「ダンマパダ」とググるだけで誰でもたどり着ける本当に貴重な資料であると思います。「法句経」で検索するとトップの画面には出てこないので、もったいないです。ブログタイトルなどに「法句経」も含められるといいかもしれません。

てくてくさんの言われるように、同じ感じでパーリ語も対照して頂けるとうれしいです。どんなお経が来るか楽しみです。これからもご指導よろしくお願い致します。
みき
2013年02月08日 13:33
ワンギーサ長老の解説は理解しやすく、すごく勉強になります。まだまだ、理解しきってないので、終わることは残念です。しかし、違う経典を学べるなら、ワンギーサ長老の解説もあり、今から楽しみですね。こちらこそよろしくお願いします。
カエルくん
2013年02月08日 18:02
こんばんは。
ヴァッカリー長老の気持ち、分かります(^^;
でも見ているだけではだめで、学んで実践しないとですよね。
わかっていてもできないのは、怠け心のせいで、私にとって怠けは天敵です。

このブログだけが、パーリ語経典に触れることのできる貴重な場ですので、別の経典の解説、とても楽しみです(*^^*)
時麿
2013年02月08日 21:34
Twitter経由で、こちらのHPを拝見するに到りました。
自身の手許にある岩波文庫『ブッダの真理のことば・感興のことば』ではよくわからない内容も、こちらで拝見すると「なるほど」と納得できます。
仏陀のほんとうの教えを知りたく捜しておりました。ここのHPに巡りあえたことに感謝です。
SRKWブッダ
2014年11月11日 00:52
仏教を 確信した 修行者は 諸行寂止の 境地に至る:

まさしくこの通りなのであるが、現実、多くの修行者がこの諸行寂止の境地になかなか至らない。これは何故であるか? この偈はその一つの答えを提示している。すなわち、ブッダに親近(しんごん)すべきであるということである。もちろん、正しく親近しなければならない。ところで、ブッダに親近するのに何の遠慮も要らないが、正しく親近する修行者は意外にも少ないのである。

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こころざし
2016年01月27日 06:21
日本テーラワーダ仏教協会とその関連の様々な催しに、出来る範囲で行かせて頂こうと実行していました。反面それが修行?のような気持ちが自分にあったと思います。
ですが、学びを頂くにつれ、催しに参加する事は勿論意味がありますが、自身が実践しないと意味がないと実感致しました。
そんな折、職場事情で連休を取る事が難しくなり、自分で実践するしかない様な状態に追い込まれました。その時に、安易に長老の近くに行こうとしていた自分の甘えに気が付きました。
教えて頂けた事を真摯に実践し、そして成長をして参りたいです。