この世での 善と悪との 執着を 超え清らかな 彼はバラモン(412)

○子供のためのダンマパダ。
・・・
子供でも、
レーヴァタ長老のように、
熱心に修行すれば、
阿羅漢になれるよ。


○パーリ語原文と訳語
ヨーダ   プンニャンチャ   パーパンチャ
Yodha    puññañca      pāpañca,
この世の   善と        悪と
 
ウボー   サンガムパッチャガー
ubho    saṅgamupaccagā;
両者の   執着を超えた

アソーカン  ウィラジャン スッダン
Asokaṃ    virajaṃ    suddhaṃ,
憂いのない  欲を離れた  清まった
 
タマハン ブルーミ バラーフマナン
tamahaṃ  brūmi   brāhmaṇaṃ.
彼を私は  呼ぶ   バラモンと

○直訳
この世の善と悪と
両者の執着を超えた
憂いのない 欲を離れた、清まった
彼を私はバラモンと呼ぶ


○意訳
この世の善と悪と
その両方への執着超えて
憂いのない欲のない清らかな人
彼を私はバラモンと呼ぶ


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
2008年12月
*この世での善と悪との執着を超え清らかな彼はバラモン
http://76263383.at.webry.info/200812/article_20.html
 
2009年10月
*この世での善と悪との執着を超え清らかな彼はバラモン
http://76263383.at.webry.info/200910/article_25.html


○一口メモ
この詩の因縁物語は次の通りです。ある時、比丘たちは話しを始めました。「レーヴァタ沙弥の善(利得、功徳)はすばらしい。ただ一人で500人の比丘のための僧院を建立したるなんてすばらしい。」と。その時ブッダが現れ、その話を聞いて、「比丘たちよ、私の息子レヴァータには善(功徳)も悪もありません。彼には両者が捨断されているのです。」と語り、この詩「この世の善と悪と、その両方への執着超えて、憂いのない欲のない清らかな人、彼を私はバラモンと呼ぶ」と説かれたということです。

このレーヴァタ沙弥という方は、サーリプッタ長老の一番下の弟です。他の兄弟姉妹は皆出家していました。そこで心配した両親はレーヴァタに結婚をすすめました。結婚式の当日華やかに着飾った招待客から祝福をうけ、初々しい花嫁の姿に見とれていました。しかし、その時120歳の老婆が現れました。彼の目は老婆にくぎ付けになり、「すべての生き物が歳をとり、やがて老いて朽ちはてる」と悟り、その場で出家を決意しました。彼は僧院から離れたアカシヤの森の中で熱心に修行して、幼くして阿羅漢になられたのです。

この詩は阿羅漢について述べているのです。阿羅漢は心からすべての煩悩(悪)を捨てていますので、すべての行為は悪行為ではないのです。阿羅漢は善行為をしようとする意図もないのです。その意味ですべて阿羅漢の行為は善行為でも悪行為でもないのです。また、阿羅漢にとっては善、悪はないのです。そのことを知らずに、一般の人々は「善悪がない」と言えないのです。


この世での 善と悪との 執着を 超え清らかな 彼はバラモン(412)


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~お知らせ~~~~~

◎2013年3月25日(月)~3月31日(日)はワンギーサが熱海における一週間宿泊自主冥想会を担当するために、ゴータミー精舎の朝晩の自主冥想会はお休み致します。
4月1日(月)からは通常通り朝晩の自主冥想会は再開致します。ご注意お願いいたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。
朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。
但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。
変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。
詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


◎このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーを一日一回クリックして下さい。
そうすると、仏教ブログのランキングが上昇します。御支援をお願い致します。

この記事へのコメント

カエルくん
2013年03月11日 05:29
おはようございます。

善行為をする意図もない、ってすごいですね。
もう人間ではないのではないか、と思ってしまいます。
悪行為をしては後悔し、善行為をしては執着し、を繰り返している身としては、阿羅漢の境地は確かに別の次元のものなのだな、ということしか分かりません(^^;
あっきん
2013年03月11日 08:36
お久しぶりです。
人間は利己的なので、自然や環境を壊す。
公害は人間かもしれません。
自己改革すれば、慈しみのパワーが広がるますね。
まだまだの私ですが、泥まみれから脱出したいです。
ぱん
2013年03月11日 11:54
出家する不退転の覚悟が定まりません。
結婚式の日の出来事をきっかけに
森の中で修行をはじめた長老のようには、
なかなか強烈に無常を観じられません。
とも
2013年03月11日 16:36
震災から二年ですね。あの地震で物も人もあっけなく無くなることを強烈に見せつけられました。震災直後は節電や募金など頑張っていましたが最近まるっきりやってません(..;)緊張感ってなかなか続かないですね。緊張感をもって修行に仕事に精進する!と決意致しました。
あすか
2013年03月12日 10:21
悪はもちろん善をもこえているとは。
理解の限界を超えています。
いろいろ学び実践し
再びこの偈を読んだ時には
わかることが増えていますように。
さとうきび
2013年03月13日 03:27
ワンギーサ様、レーヴァタ長老は禅定第一でしょうか。禅定第一の偉大な長老でしょうか。
こころざし
2016年02月07日 08:34
自分の行いが善かったか・悪かったか考える機会は多いです。善いと嬉しく思い、悪いと反省します。ですがその善い・悪いを超えた状況にはなっていないと実感致します。
執着するのでもなく、悪いことをしてしまうのではなく、それを乗り越えた状況になるように成長したいです。