獅子と風 蓮に譬える 辟支仏(ビャクシブツ) 執着捨てて 一人で歩く<71>

○少年少女のためのスッタニパータ71
・・・
ライオンの子は
太鼓の音にも驚かず
すやすや眠るそうです。
君も目覚ましの音にも
驚かないで眠るね。


71.第1 蛇の章 3.犀の角経 37

○毎田周一先生訳
獅子はどんな物音にも驚かず
風は網にかからず
蓮(の葉)は水に濡れぬが それと等しく
犀の角のようにただ一人歩いてゆかう


○中村元先生訳
音声に驚かない獅子のように、
網にとらえられない風のように、
水に汚されない蓮のように、
犀の角のようにただ独り歩め。


○正田大観先生訳
諸々の音に動じない獅子のように、
〔鳥捕りの〕網に着さない風のように、
〔泥〕水に汚されない蓮華のように、
犀の角のように、独り、歩むがよい。(37)


○パーリ語原文
スィホーワ    サッデース   アサンタサントー
Sīhova       saddesu     asantasanto,
獅子のように   音声に       震えおそれない

ワートーワ    ジャーランヒ    アサッジャマーノー
vātova      jālamhi       asajjamāno;
風のように    網に        執着しない

パドゥマンワ   トーイェーナ   アリッパマーノー
Padumaṃva   toyena      alippamāno,
蓮のように    水に       汚れない

エーコー   チャレー   カッガウィサーナカッポー
eko      care      khaggavisāṇakappo.
一人     行こう     犀の角のように


○一口メモ
今回の偈は前回までの偈とは少し趣が変わったような気がします。「犀の角経」の終わりに近づいてきたのです。全体で41偈であり、今回は37番目です。そろそろまとめに入ってきたのでしょうか。

一行目は、獅子の譬えです。「獅子がどんな音にも驚かないように」です。この世のどんな出来事も異常なことと思わないのです。すべて了解済の事柄だからです。すべてについて悟っているからなのです。驚くことがないのです。世の中では不条理などと騒いていることがありますが、すべて原因があって結果があるのです。一切の不思議はなく、あるとすれば無知だけなのです。

二行目は、風の譬えです。鳥や魚は網に掛かりますが、風は網に掛かりません。風には執着がないからです。世間という網に執着がなければ掛かりません。何者にも依存せずに、独立して、自由自在に生きることができるのです。

三行目は、蓮の譬えですが、今回は蓮の葉の譬えでしょう。蓮の葉には、うぶ毛のような細かい毛があり、それが水をはじいて、蓮の葉は水に濡れないのです。ですから、泥水の中から生える蓮の葉は、泥水に汚れることがないのです。そのように煩悩という汚れに、汚れないようにということです。

この偈の意味は、すべてを悟り、何者にも執着することなく、煩悩で汚されることなく、犀の角のように、一人歩くということになります。


獅子と風 蓮に譬える 辟支仏 執着捨てて 一人で歩く<71>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年06月10日 11:19
先日、真夜中の1時半頃にもかかわらず
ウグイスがホーホケキョ・ケキョ・ケキョと
鳴いていました。
その時すでに寝ていたのですが
「音・音・音」と実況中継できず
夢うつつ状態で
「こんな真夜中にウグイス?
なんて幽玄的な響きだろう・・・」
と思い、またすぐに眠ってしまいました。
朝起きてハッキリと「修行が足りない」
と自覚しました。
こころざし
2016年03月08日 07:24
本文の「すべてを悟り、何者にも執着することなく、煩悩で汚されることなく、犀の角のように、一人歩く」を拝見して、目指すものを明確に教示下さったと感じました。その成就を妨げるものは、まさに自我や執着、固定概念・見解等かと思います。
全てを悟り、一人で心清らかに歩けるように精進したいです。