没落の 原因何か 私達 世尊に聞きに まいりました <91>及び<92>

○少年少女のためのスッタニパータ91、92
・・・
少年少女がお釈迦様に質問しました。
人生の成功の原因は何ですか?
人生の失敗の原因は何ですか?
・・・・・
お釈迦様は答えました。
答えは簡単です。
真理を愛する人は成功し、
真理を嫌う人は失敗します。


91.と92.第1 蛇の章 6.没落経 1.と2.

○毎田周一先生訳
私達はゴータマに没落する人のことをお尋ねします
どこに没落する人の没落の始まりがあるのでせうか
それをお尋ねするために
世尊の処へまゐりました <91(1)>

栄えるものが誰か
没落するものが誰かを知ることはたやすい
真理を愛好するものは栄え
真理を嫌ふものは没落する <92(2)>


○中村元先生訳
91
「われらは、<破滅する人>のことをゴータマ(ブッダ)におたずねします。
破滅への門は何ですか? 
師にそれを聞こうとして
われわれはここに来たのですが、──。」

92
(師は答えた)、「栄える人を識別することは易く、
破滅を識別することも易い。
理法を愛する人は栄え、
理法を嫌う人は敗れる。」


○正田大観先生訳
91.
〔天神が尋ねた〕「ゴータマ〔姓〕の方(ブッダ)よ、
滅びつつある人のことを、わたしたちは尋ねます。
〔わたしたちは〕世尊(ブッダ)に問い尋ねるために、やってまいりました。
何が、滅びつつある者の入り口ですか」〔と〕。(1)

92.
〔世尊は答えた〕「識知し易い者として、栄える者は〔世に〕有ります。
識知し易い者として、滅びの者は〔世に有ります〕。
法(真理)を欲する者として、栄える者は〔世に〕有ります。
法(真理)を嫌う者として、滅びの者は〔世に有ります〕」〔と〕。(2)


○パーリ語原文
91.
パラーバワンタン   プリサン
‘‘Parābhavantaṃ   purisaṃ,
没落する        人を

マヤン   プッチャーマ    ゴータマ
mayaṃ   pucchāma     gotama;
私達は   質問する      ゴータマに

バガワンタン     プットゥマーガンマ
Bhagavantaṃ    puṭṭhumāgamma,
世尊に         問うべく来た

キン   パラーバワトー   ムカン
kiṃ    parābhavato    mukhaṃ’’.
何が   没落する人の   入口

92.
スウィジャーノー    バワン      ホーティ
‘‘Suvijāno        bhavaṃ      hoti,
分かりやすい     繁栄する人は   ある  

スウィジャーノー    パラーバヴォー
Suvijāno         parābhavo;
分かりやすい      没落する人は

ダンマカーモ     バワン      ホーティ
Dhammakāmo    bhavaṃ     hoti,
法を欲する人は   繁栄する人   である

ダンマデッスィー    パラーバヴォー
Dhammadessī     parābhavo’’.
法を憎む人は      没落する人


○一口メモ
今回から、25の偈からなる「没落経」が始まります。私にはこの経も大切な、重要なお経だと思います。なぜならば、繁栄と没落を分けるもの、別の言葉で言えば成功と失敗を分けるものを明らかにしているからです。それは真理に対する態度でありです。すなわち、真理を愛するものは繁栄し、真理を嫌うものは没落するということです。これにより真理は何か知ることの重要性が明らかになります。真理などどうでもよいと言えなくなるのです。

91、92偈はその基本です。これ以降具体的な事柄で真理が明らかになっていきます。

この経には、「序」があります。この序で、誰が世尊に質問したか書かれていますが、誰が質問したかは重要な問題ではないのです。私達一人ひとりが世尊に質問すべきことがらなのです。しかし、参考のために、中村先生訳の「序」を以下に掲載します。

(序)「わたしが聞いたところによると、──あるとき師(ブッダ)は、サーヴァッティーのジェータ林、<孤独なる人々に食を給する長者>の園におられた。そのとき一人の容色麗しい神が、夜半を過ぎたころ、ジェータ林を隈なく照らして、師(ブッダ)のもとに近づいた。近づいてから師に敬礼して傍らに立った。そうしてその神は師に詩を以て呼びかけた。」以上引用。


没落の 原因何か 私達 世尊に聞きに まいりましたよ <91>
真実を 愛する者は 繁栄し 真実嫌う 者没落する <92>


○三十七菩提分法の解説(三回目)
三十七菩提分法は7項目(1.四念処、2.四正勤、3.四如意足、4.五根、5.五力、6.七覚支、7.八支道)あります。今日は三番目、四如意足についてです。

四如意足は目的を達成するための四つの要素です。ここで言う目的とは禅定や悟りを指しますが、俗世界でのいろいろな目的を達成する時でも必要なことです。

1. 欲如意足: 満足。行うことを欲求し、常にそれを行うことを欲求し、さらに良い結果を得たいと望むこと。

2.精進如意足: 精進。そのことを努力し、勤勉、忍耐でやり遂げること。

3.心如意足: 意図する思考。考えをそれに集中して心をこめて、心身共にその行為に捧げること。

4.思惟如意足: 熟考または試行。智慧を用いて行ったことを真剣に調べ、原因を探り、欠点を点検して、計画し、改善方法を求めるなど。


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

てくてく
2013年06月30日 08:38
おはようございます。
四如意足について質問いたします。
3番と4番は、気付きの実践には、どのように行えばよいのでしょうか?考えてしまいそうで、難しく思いました。
または、3番と4番は、慈悲の瞑想の実践に行うと考えるとよいのでしょうか。

生きとし生けるものが幸せでありますように。

ワンギーサ
2013年06月30日 08:57
てくてくさん、おはようございます。

あまり難しく考えないでください。
三番、四番に思考という言葉があるので、そのように思うのでしょうが、三番は心をその行為に捧げることと考えてください。
四番は、よく観察することと考えてください。
私の説明の仕方が悪かったと思います。
櫻井由紀
2013年06月30日 17:33
真実を愛する者
=三十七菩提分法を実践修行する者であり
真実嫌う者
=五戒、八斎戒を守らず破る者ですね。
全ては因果法則で成り立ち
その法則から何一つ漏れる事は無いですから
自分も含め、世の人々を観察すれば
自然的に、自動的に
真実を愛する者か、嫌う者か
明らかになりますね。
それを見分けられる智慧の眼も
観察者には備わっている必要もありますね。

しかし当時、直接お釈迦様にお会いし
質問出来た人々は、
なんて幸福者でしょうと
いつも思います。
お釈迦様のやさしい言葉使いや
高貴な響きであったであろうお声や・・・
ちょっと羨ましかったりしてしまいます。
でももしかして聞いた可能性もある?!?!
ちょっと遡ってみようかな?????

こころざし
2016年03月15日 07:51
真理を嫌ってしまうと真理で生きる方とのご縁は遠くなると感じました。また真理にそって生きようとしても、気持ちのみで実行出来ていないと弱いと思います。
まずは自立して心の安定を保ち、そして真理に沿って生きれるようになりたいです。