第四の 禅定を得て 清らかな 平静生まれ 一人歩く<67>

○少年少女のためのスッタニパータ67
・・・
子供のとき、
昨日の遊びを後悔しましたか?
明日の遊びの計画を立てましたか?
今遊ぶことが楽しくて
そんなことは考えません。


67.第1 蛇の章 3.犀の角経 33

○毎田周一先生訳
以前に経験した快楽と苦痛
喜びと悲しみとを忘れ去り
ありのままの平安と清らかさに到達して
犀の角のやうにただ一人歩いてゆかう


○中村元先生訳
以前に経験した楽しみと苦しみを擲(ナゲウ)ち、
また快さと憂いとを擲って、
清らかな平静と安らいとを得て、
犀の角のようにただ独り歩め。


○正田大観先生訳
楽、および、苦〔の両者〕に背を向けて、
さらには、まさしく、過去における、悦意と失意〔の両者〕に〔背を向けて〕、
放捨(捨:分け隔てのない心)と止寂(奢摩他・止:専一不動の心)という清浄なる〔境地〕を得て、
犀の角のように、独り、歩むがよい。(33)


○パーリ語原文
ウィピッティカトゥワーナ    スカン     ドゥカンチャ
Vipiṭṭhikatvāna      sukhaṃ   dukhañca,
背を向けて         楽      苦に  と    

プッベーワ   チャ    ソーマナッサドーマナッサン
pubbeva    ca      somanassadomanassaṃ;
以前の     また     喜び    悲しみを

ラッダーヌペッカン    サマタン    ウィスッダン
Laddhānupekkhaṃ   samathaṃ   visuddhaṃ,
得て  中立(捨)    静寂(止)    清浄を 

エーコー   チャレー   カッガウィサーナカッポー
eko      care      khaggavisāṇakappo.
一人     行こう     犀の角のように


○一口メモ
今回の偈も昨日と同様に二通りの解釈が成り立つと思います。注釈書のこの偈の由来は、パーラーナシーにある王がいて、第四禅を習得していて、彼は禅定を守るために王位を捨てて出家し、観察をして、辟支仏(独覚)の覚りを体得して、この興感偈を述べたということです。

ここで「禅定」とは何かについて述べます。八聖道の正定には、第一禅定から第四禅定に分類されていて、次のように定義されています。
第一禅定は、もろもろの欲をはなれ、もろもろの不善の法をはなれ、大まかな考察のある、細かな考察のある、遠離から生じた喜びと楽がある。(尋、伺、喜、楽、一境性)
第二禅定は、大まかな考察、細かな考察が消え、心の統一された、大まかな考察、細かな考察のない、心の安定により生じた喜びと楽がある。(喜、楽、一境性)
第三禅定は、喜びを離れていることから、平静を備え、念を備え、正知をそなえて住み、楽を身体で感じる。(楽、一境性)
第四禅定は、楽を断ち、苦を断ち、苦も楽もない、平静による念の清浄がある。(捨、一境性)
尚、一境性とは集中力と理解してください。

今回の偈の1行目は、禅定の定義から読むと、第一禅定に背を向けて、すなわち第一禅定を終了してということで、第二禅定を習得したということです。
次に2行目は、第二禅定を終了して、第三禅定を習得したということです。
さらに三行目は、第三禅定を終了して、第四禅定を習得したということです。
そして、清浄な平静(捨)と静寂(止)とを得て、犀の角のように一人で歩くということです。

さて、もう一つの解釈は次の通りです。「以前に経験した快楽と苦痛、喜びと悲しみとを忘れ去り」とは今現在に焦点を当てることです。過去に経験した快楽と苦痛はすでにありません。また同様に未来の現れるかもしれない喜びや悲しみはもちろんありません。それらは起こるかどうか分からないのです。今に焦点を当てることができれば、「ありのままの平安と清らかさに到達して」いるのです。その心境で犀の角のように一人歩くのです。


第四の 禅定を得て 清らかな 平静生まれ 一人歩く<67>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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この記事へのコメント

櫻井由紀
2013年06月06日 11:40
自ら望んで三次元に閉じ込められている
と言う事実を
お釈迦様から学ばせていただき、
またそこから脱出する道順も
明示されていますから、
この物質の極限の次元を
乗り越えられるられる様
集中力を高める努力をいたします。
こころざし
2016年03月06日 06:12
第一禅定に達してもいない自分ですが「遠離から生じた喜びと楽」は少し感じた事があります。やはり真剣に冥想実践をしていくしかないと思います。そしてまずは第一禅定に入れるように努めたいです。